「アメリカ行ったらさ、英語ペラペラじゃね?」

先週はずっと出張で、カンザス州内をグルグル運転していました。

職場の大学が小規模なため、「担当」の仕事は(月給と反比例して)常に山積。学校回りはその一つで、州内外の高校やコミュニティカレッジ、その他短大に在籍する留学生に「ここ卒業したらウチの学校に来ませんかぁ」という口説くわけです。

通常、テーブルに我が「Friends University」グッズやパンフレットなどを並べ、ひたすら「誰か話しに来てくれ」と待ちぼうけのパターン。どこの大学もこのやり方らしいが、これは相当非効率かつ時間の無駄。現在、上司に学校周りの方法について変更を交渉中だったりもします。

以前に比べ日本からの留学生数が減ったとは言え、まだちらほら日本人学生に遭遇します。

先週たまたま通りかかって話してくれた、まだ渡米して2ヶ月目のI君(19歳)。まだ専攻を決めず、「今それより英語がやばいんで…」と言葉の壁を乗り越えることに集中している様子を若干恐縮気味に語っていたのが印象的でした。

僕が初めて留学したのも、高校卒業してガテン系バイトで数ヶ月過した後の18歳の冬学期。自費留学だったので超貧乏だったし、二ヶ月目と言えば、「(電話した時の母以外とは)日本語は話してはいけない」という自分ルールをかたくなに守り、友達もできず、ひたすら英語に四苦八苦していた頃。

とりあえずガムシャラに英語漬けになることばかりに集中していた、あの頃の苦い記憶は今でも色あせてない。てか、もう二度とあれは繰り返したくない、みたいな。

I君の話を聞きつつ、「うんうん、おじちゃんもその気持ち分かるぞぅ」と少しウルッとする。後で「あいつは結構積極的だから大丈夫だべ」とI君のアドバイザーが言っていたので、彼の英語も時間の問題でしょう。なんとか光が見えるまで踏ん張ってもらいたいものです。んで光が見えたらウチに来なさいよ、みたいな。

よく言いますが、留学は「英語+α」を念頭に作戦を立てるのが好ましいかなと思います。

「ほにゃららについて原語で理解したいから英語を勉強する」のか、「英語が分かりたいから英語を勉強する」のか。

「英語は手段」てよく言ったもので、その「英語」の向こうに何かがない人は後々「ある程度できるようになった」時に「次の一手の模索」が結構辛くなるかも知れないです。あとそういう人は若干上達が遅いかも知れないです(注:個人的な経験からの意見)。

人生、留学したり大学を卒業したところで終わるわけでないですし、留学の向こうにボヤ~とでも何かを思い描いてることも有効かと思います。

あと、ほぼ必ず現地の人に聞かれるので、日本について語れると好いかも(それ専門も教書とかも日本にありますもんね)。

僕の場合、今でも料理と音楽の話題について物凄く質問されます。家族の関係でたまたま和楽器については語れるのですが、食品については初めて来た当時はまったく無知。

野菜の英語名(ニラ、春菊、ゴボウなど)、魚の名前とか(ホッケ、ししゃも、鱈など)、通常アメリカでは耳にしないので一つ一つ調べてました。これはたぶん一生調べ続ける感じですね。言ったところで(熱い想い以外は)通じやしないんですが、これまた。

渡米当初、まだ英語と格闘していた頃、私はこれをした、みたいな経験談なんてありますかね。

さて、週末は気温が高く、季節はずれに半袖で過せたウィチタ。久しぶりに丸々休日だった本日(月曜)は中西部らしくガラッと大荒れ。気温がガツンと下がり、寒い雨がポツポツしてるなぁと思ったら、午後は一時間ヒョウがバラバラと落ちてきてました。そう思ってたら、急に日が差してきたり、相変わらずまったく読めない気候です。その慣れない感じにいい加減慣れた感じ。

少し呑みながら書いてたら(シラフでもそうだけど)、え~と、グダグダな内容になりました。お後がよろしくないんですが、この辺で。さよなら、さよなら、さよなら。 

「アメリカ行ったらさ、英語ペラペラじゃね?」” への2件のフィードバック

  1. 若いころにもっと真面目に英語を勉強しておくんだったんだなってよく思いますよ、ほんと。

    今でこそ、アメリカ人とそこそこ真面目な会話が出来るようになったし、喧嘩もできるようになりましたが、たとえば、「日本って、今、どうよ」って聞かれると、マジ、困りますよ。英語で日本の状況を説明するのも難しいですが、そもそも、「日本って今どうなってるの?」と自分自身に問いかけなければならないほど情報を持ってないんですよね。

    なので英語を勉強するのと同時に、日本についてもよく勉強しなければなりません。

    がんばろっと...

  2. アメリカに来ているからこそ、ちゃんとした日本語を話すとか、日本について知っているとか、日本人としての自分が大切な気がします。重ね重ね。

    滅茶苦茶難しいんだけど、母国のことを語れないって本当に痛いっすよね。「ご飯の炊き上がり」のあの高揚感、英語でなんか説明できないっす。盆踊りとか決して踊るわけでないのに行きたいのは、英語でなんか説明できないっす。「あ、もう秋刀魚売りだしてんだ」とかの季節感覚とか、絶対英語でなんか表現できないっす。

    この辺とか鬼門ですよね、独特であれば特に。まだまだです、はい。

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