アメリカに移住するまで Maki-K編 9

Maki-Kです。
アメリカに移住するまでの話をつらつら書いています。
高校時代の話から始まり、やーっと移住の地サンディエゴにたどり着くところまで来ました。でもまだこれ13年前の話(笑)。

前回までの話はこちら。
1回目2回目3回目4回目5回目6回目7回目8回目

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さて、アメリカへの留学の旅。

は~るばっる~来たぜは~こだって~♪

いや、さんでぃえっご~♪

(古っ!)

いや、でも、サンディエゴ。
名古屋からデトロイト経由でたどり着いたので、遠かった。。。

ま、留学斡旋会社で強制的に手配された航空券で、選択の余地がなかったから仕方ない。

前回、初アメリカ上陸した時に「もう乗らない!」と誓ったノースウエスト航空。
留学斡旋会社に留学の手配を頼んだら、航空券もそこで手配してもらわなければいけなくて、まんまと又ノースウエスト航空でした。サービス悪くて人気ないから、きっとこうやって企業契約で客をとってるんだな。。そして結局なくなっちゃったし。

ノースウエストというだけで (-_-;)アァ‥..という感じなのに、
目的地がサンディエゴなのに名古屋からデトロイト経由という。。
どんだけ遠廻りさせんねんっ(怒)!って、ほんとにもう・・・。

でも、手配してもらったチケット通りに飛ぶしかない。

デトロイトでトランジット時間6時間とか。マジか。

デトロイトの空港って、建物の中をモノレールみたいなのが走ってるんですが、
意味もなくモノレールで何往復もしてやった( ̄― ̄)フンッ!。

今みたいにどこでもwifiがあって、携帯とかで遊べたら良かったけど、なんせ12前のこと。そんなもんありゃせん。

で、無駄に長時間の旅程を経て、たどり着いたサンディエゴ✈。

今回はちゃんと空港にホストファーザーが迎えに来てくれていて♡、滞りなくホームステイ先に到着。

長旅の疲れで特別サンデェイゴに到着した時の感想はなし。空港のバゲージクレームのターンテーブルの上に、天井からリンドバーグのSpirit of St Louise号のレプリカがぶら下がっていたのを見たような(現在もこのレプリカはぶら下がっています)。。。

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今回の私のホストファミリーはフィリピーノの家庭で、家にいるのはお父さん(50代)とお母さん(40代)だけ。二人の子供はすでに成人して家を出ており、彼らの部屋をホームステイする学生用に使っていました。

ホームステイ先の素敵なリビング

ホームステイは当たりはずれがあると言うけれど(実際にそうです)、このホームステイは◎大当たり!!カランカラーン!!

 

 

 

 

お家は素敵だし、ホストマザーがすごくきちっとしている人で掃除は行き届いているし、そして何より彼女の作るフィリピン料理がうまい!しかも健康にすごく気を付けている彼女、食べておいしい上に動物性脂肪を徹底的に取り除く彼女の料理はお腹一杯食べても太らない!いや~、天国ですね°˖✧✧˖°。

ダイニング

 

 

 

 

 

 

その夏にステイしていたのは、私ともう一人の日本人。

まだ大学生で、短期(3週間くらい)で語学学校に通う女の子でした。
彼女は、先に違うホームステイ先にいたらしいんですが、そこが大外れで、あまりにも環境がひどいからホームステイ斡旋業者に文句を言って、こちらへ変わってきたそうです。

ね。あるんですよね。当たりはずれ。彼女、今度は大当たりで良かったね♪

私の部屋

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無事ホームステイ先に落ち着いた私。
まずすぐ次の日にレンタカーを借りに行きました。

サンディエゴ、車がないとどこにも行けない。
学校にももちろん通えない。車必須。

レンタカー代が留学費用に上乗せで、お財布に優しくないんですけど。
ま、しゃぁない。

大人の留学だから、そんなもんだ。

アメリカについた次の日からいきなり自分で運転って、ちょっと(というかかなり)ドキドキ。でもびびってやらないわけにはいかないからな。

ホストファミリー家と中古で個人オーナーから購入した私の赤いシビック♪

こうやって強くなるんだ。海外へ行く人間は。

…と、しばらくはレンタカーに乗っていましたが、半年以上の長期滞在でずっとレンタカーはいくら安くてぼろい車を借りていると言っても不経済。できるだけ早く自分の車を手に入れたい。。。ということでホストファーザーに手伝ってもらって、新聞の売ります買います欄で古典的に中古車探し。何度か(これまたホストファーザーと一緒に)テストドライブまでしたけれど、なかなか「これだ!」と思える車に出会えない。

そんな中、買い物途中で「For Sale」のサインが貼ってある良い感じの車を見つけたホストマザー。見た瞬間「Makiにはこの車がぴったり!」と思ったそうで、なんとその車の後をオーナーの家まで追跡(笑)。会う約束を取り付けて帰ってきてくれました。その車は私も気に入って即購入に。ホストマザーの勘と行動力に感謝!

・・・こんなHelpfulな私のホストファミリー。素敵です°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°💖

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さて、私の留学先はUniversity of California, San Diego(UCSD)のExtension(公開講座)。

最初の一か月にとったのは夏季Business Englishのコース。

確か最初に英語のテストがあって、それでレベル別に分けられての授業。私のクラスは生徒15人ほど。先生は前に一度登場したおばあちゃんドロシー先生。

クラスメートは日本人は私を入れて4人、あとはイタリア人、スペイン人、ロシア人、スウェーデン人、スイス人、メキシコ人、ブラジル人…と国際色豊か。年齢も40代~20歳と幅広く。たった一か月の短い間でもクラスメートはそれぞれの国民気質をよく出していて、それを観察するのも楽しかったです。

クラスの内容は特別難しすぎず、秋からのプログラムへの良いウォームアップになりました。ビジネスで使用する英語を教えてもらうだけでなく、地元の新聞社や工場、レストランに社会見学に行ったりもしました。

授業風景

 

 

 

 

 

 

Union Tribuneというのがサンディエゴの地元紙なんですが、その編集部へお邪魔してPRマネジャー(だったかな?)から話を聞いたとき、彼女の白いローライズのパンツのおしりから真っ赤なTバックが覗いていて、それがとっても印象的でした。。。「日本でこの服装で仕事するのって許されないよな~。しかも人に会う仕事で。やっぱりアメリカは違うわっ!」と彼女のTバックにはかなりの説得力がありました(笑)。

この一か月のサマークラスへ参加した人は、社会人は長期休みを利用して、会社から派遣されて、会社を持ってる親が送り込んで。学生だった若い子たちは夏休みを利用してという感じ。そしてみんなに共通していたのは、限られた期間、勉強もするけどアメリカ滞在を楽しまなきゃ!というスタンス。

プログラム最後のプレゼンテーション。OHP利用というのが時代を物語る。

 

 

 

 

 

 

一か月の短い間にみんなでメジャーリーグを観戦しに行ったり、ビーチに行ったり。ドミトリー(大学の学生寮。夏の間は正規の学生がいないのでこういうプログラムに参加する人に滞在オプションとして貸し出している)でパーティしたり。特に仲良くなったメキシコ人のウェンディとは一緒にディズニーランドに行ったりもしました。

私のクラスメイト達とドロシー先生

 

 

 

 

 

 

ウェンディとはプログラム終了後お互いの国に帰ってからも、数年に一度は会っています。こうやって外国に友達ができるのも留学の醍醐味。

そういえば、サンディエゴのすぐ隣、メキシコの街ティワナへもウェンディと一緒に行ったなぁ。私が次のプログラムが始まる前に、一度アメリカから出てイミグレのスタンプを書類にもらわないと行けないとかで。。。あぁだんだん記憶が蘇ってくる(遠い目)…。

ティワナは決して治安のいい街ではないけれど、メキシコ人の案内人と一緒に行くメキシコ、心強かったです。

ロスに住むウェンディのおばさんを訪ね、一緒にゲティー美術館へ行った時の写真。おばさん元気かなぁ。

 

そして楽しかった夏が終わって、いよいよ9月からビジネスマネジメントのコースがスタート。

ついていけるだろうか、私。 

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