アメリカを知ろう:軍隊と戦争(後編)

こんにちは、Erinaです。

前回の続きで、「アメリカを知ろう」というテーマで、軍隊と戦争について書いてみます。

今回は実際に戦地に出向き、帰ってきた軍人たちの視点からアメリカの戦争というものを考えてみます。

 

From wikipedia.org
From wikipedia.org

 

国家が戦争を続ける以上、戦地に向かう軍人たちがいます。

ここで二つのTEDトークを紹介します。(TEDについては、Hanaさんがこの記事で紹介してくれています

 

“Why veterans miss war” by Sebastian Junger

Veterans(ヴェテラン、通称”Vets” ヴェッツ)は退役した軍人という意味ですね。

「どうしてヴェテランたちは戦争を恋しいと思うのか」

彼が核心をつくのは後半。約9:30辺り。

下に簡単な訳を書きますが、英語を勉強している方、ぜひ最初にこのビデオを見てください。Subtitle(字幕)も出せますから、ゆっくり時間をかけて見てもらいたいです。

 

 

I think what he missed is brotherhood. He missed, in some ways, the opposite of killing. What he missed was connection to the other men he was with.

Now, brotherhood is different from friendship. Friendship happens in society, obviously. The more you like someone, the more you’d be willing to do for them. Brotherhood has nothing to do with how you feel about the other person. It’s a mutual agreement in a group that you will put the welfare of the group, you will put the safety of everyone in the group above your own. In effect, you’re saying, “I love these other people more than I love myself.”

おそらく、彼が恋しかったのは”Brotherhood”なんだと思う。ある意味では「殺し」とは逆のものだ。彼が恋しかったのは、一緒に時間を過ごした人間たちとの絆だった。

Brotherhoodは友情とは違う。友情は社会で起こる。あなたが誰かを好きなぶん、その人のために何かしてあげたいと思うだろう。

Brotherhoodは相手に対して自分がどう思うかは関係ない。それは”mutual agreement”(お互いに納得した同意)であり、グループの福利とメンバーの安全を自分自身よりも重視することである。つまりそれは、「自分を愛するよりも、自分のグループメンバーたちを愛している」ということだ。

 

—————————–

おそらくこういう絆は、女性よりも男性にとって本能的に必要なものなんだと思います。女性はもっと社会的で相対的な人間関係を必要とするけれど、男性はそうではないのでしょう。

しかし、現代社会で、これだけのレベルの絆、それも自分の命がかかった絆を築ける機会はどれだけあるでしょうか?

私の生活と仕事は自分と他人の命に直接的に関わるものではなく、このスピーチを聞いても、自分の想像を遥かに超える世界のものだ、としか言えません。

ただそこにいるのは、私たちと同じく、人殺しが好きなわけではない、普通の人間。

 

 

それを理解できるのが次のTEDトーク。

“How to talk to veterans about the war” by Wes Moore

「ヴェテランたちと戦争について話す方法」

最初に紹介したビデオも良かったのですが、私はこちらのトークを聞いて涙が出ました。彼のスピーチはとてもパワフルで、心がつかまれます。

これもサブタイトルを出せるので、ぜひじっくりと聞いてもらいたいです。

彼は家族代々のミリタリーファミリーに育ったわけでもなく、母親がやんちゃだった彼を軍隊学校に入れたのがきっかけでした。最初はそれが嫌で、脱出を試みるも失敗。しかし彼はだんだんと自分の中の変化に気づきます。

 

 

 

But then eventually, after staying there for a little while, and after the end of that first year at this military school, I realized that I actually was growing up. I realized the things that I enjoyed about this school and the thing that I enjoyed about the structure was something that I’d never found before: the fact that I finally felt like I was part of something bigger, part of a team, and it actually mattered to people that I was there, the fact that leadership wasn’t just a punchline there, but that it was a real, actually core part of the entire experience.

And so when it was time for me to actually finish up high school, I started thinking about what I wanted to do, and just like probably most students, had no idea what that meant or what I wanted to do. And I thought about the people who I respected and admired. I thought about a lot of the people, in particular a lot of the men, in my life who I looked up to. They all happened to wear the uniform of the United States of America, so for me, the question and the answer really became pretty easy. The question of what I wanted to do was filled in very quickly with saying, I guess I’ll be an Army officer.

 

でもしばらく軍隊学校にいたら、最初の一年が過ぎた頃、私は自分の成長に気づきました。この学校で楽しいと感じたもの、それは(ルールなどの)ストラクチャーで、今まで体験したことのないものだった。そして自分が何かとてつもなく大きいものの一部であること、チームの一部であること、そこにいる人たちにとって自分の存在は意味あるものだということ、リーダーシップというのはただの宣伝文句じゃない・・・それは、もっと全てのコアとなるものなんだ。

私が高校を卒業して、将来は何になりたいかと考えたとき・・・おそらくほとんどの学生たちがそうであるように、実際のところはよくわからないでいた。そこで私はリスペクトできる人、尊敬できる人のことを考えた。今までに出会った、目上の人たちのこと、特に目上の男性のことを考えた。そしたら、彼らはみんなアメリカ合衆国の軍服を着ていたんだ。だから、答えはすんなりと出た。「自分は何になりたいか?」という質問の答えははっきりと出たんだ。「僕はアーミーオフィサー(陸軍士官)になる。」

 

 

11歳で初めて手錠をかけられた少年時代から、軍隊学校を経てオックスナード大学院を修了し、オフィサーになった彼は、一足遅れて戦地に向かいます。

アフガニスタンから帰ってきて、戦争のことを人々とシェアしたかった彼は、ある言葉に対して疑問が生まれました。

それは、

“Thank you for your service.”

という言葉。Serviceは軍隊や警察などに「仕える」という意味ですね。

 

「大変な仕事に仕えてくれてありがとう。」

「国のために仕えてくれてありがとう。」

 

という意味で、軍に仕える人たちへの感謝の気持ちを表すための言葉です。

これが当たり前のように使われているけれど、本当はそれだけじゃないはず。この言葉は、戦地から帰ってきた自分たちの心のどこにたどり着くべきなのか?

戦地から帰ってくる軍人たちを歓迎し、今でも戦地では任務が遂行され続けていることをきちんと認識して欲しい。なぜなら、自分たちはこの国を誇りに思っているのだから・・・・。

それを彼は伝えたかったのです。

 

 

この彼のトークを聞いて、感じたことがありました。

「私がアメリカの戦争について、無知だと感じたのは、自分が日本人(外国人)だからじゃなかったんだ・・・。」

つまり、アメリカで生まれ育ったとしても、ミリタリーという特殊な環境に自分の身を置かなければ、真実はわからないということ。

もちろん、ミリタリーファミリーとして知っていることもあるだろうし、友人や知人としてミリタリーのことを知っていることはたくさんあります。

だけど、実際に戦地に出かけた人間が、そこでどんな体験をし、いったん戻ってきたときにどのような調節が必要なのか、それは本人にしかわからないこと。それを知るには、こうやって一人の人間として向き合い、本音を語ってくれる人の声が必要なのだと感じたのです。

“acknowledge”(認知する、きちんと認める)というのは、その事実や存在をきちんと言葉にして「知ってますよ」とお互いに明確にすること。「言わなくてもわかってるでしょ」と暗黙の了解にするのではなく、きちんと認めたうえで次に進む、ということです。

 

どうですか?

今まで誰も話したがらなかった戦争の話。

「聞きたがらないだろうから」

「質問されたくないだろうから」

 と、誰もが無意識に避けてきた会話で、この二人はその核心をついた気がします。

 

Thank you for your service.

 

 

アメリカを知ろう:軍隊と戦争(後編)” への4件のフィードバック

  1. 初めまして。”yesallwomen”のことを調べていて、こちらのブログに辿り着いた者です。
    その記事はもちろん、どの記事もとてもわかりやすくて、改めてアメリカのことや日本のことを考えさせられました。

    特に、この記事の「実際に戦地に出かけた…本人にしかわからないこと。それを知るには、こうやって一人の人間として向き合い、本音を語ってくれる人の声が必要」という点に共感しました。
    私は沖縄で生まれ育ったので、フェンスで囲まれた米軍基地やその内外の米軍人を幼い頃からよく目にしてきました。私の目に映る彼らは、「フェンスの内側では大人しく上司の言うことに従い、フェンスの外では無法なことをする人達」というものでした。もちろん、米兵全員がそういう風ではないことは知っていますし、そういう状況を許しているトップの人達にも問題があると思います。

    でも数年前、アメリカに住む親戚を訪れた際に、ベテランの方と話す機会がありました。親戚自身、オフィサーと結婚してアメリカへ渡った日本人の一人なのですが、彼女の友人夫妻の旦那さんが退役軍人で、昔沖縄にいたことがありました。彼曰く、「沖縄は料理もおいしいし、景色も素晴らしい。現地の人もとても優しくて大好きだ。また行きたいよ」と。あまり詳しい話は聞けなかったのですが、今まで「フェンスの外側」の立場だった自分が、少しだけ「内側」からの視点で物事を見ることができた気がしました。

    また、以前、沖縄の基地からベトナム戦争へ行った米軍人を書いた小説を読み、そこに描かれていた彼らの心情を興味深く感じました。(うまく言えないのですが、人を殺すために派遣される彼らもまた、恐怖や不安、逃げたいという気持ちを、トラウマになるほど抱えていたんだな、と。)

    本当にそれだけなのですが、違う視点から物事を見ることって大事なんだなと実感しました。それらがみな彼らの「本音」だったのかどうかはわかりませんが、そうやって少しでも「フェンスの内側の視点」を知ることができたのは貴重だったと思います。

    同じ日本国内に住んでいる友人でも、県外の友人だと米軍基地や軍人のことをよく知らなかったり(と言っても県民にもそのことをよく知らない人はいますが)、アメリカ人(私の彼がそうなのですが)でも、軍人関係者でないとアメリカ国外にある米軍基地のことをよく知らないというのが現状ですが、学校で教えられる歴史だけでなく、自らいろんな人の話を聞くこと(読むこと)、そしてそれを受け入れる姿勢を持ち続けることが大事だと思います。

    Erinaさんの記事を読んで、伝えたいことがありすぎて支離滅裂な内容になってしまいましたが、前に更新された他の記事も読みますね。新しい更新も楽しみにしています。

  2. >Natsukiさん
    こんにちは!コメントありがとうございます。

    >違う視点から物事を見ることって大事なんだなと実感しました。

    と思えたのは、Natsukiさんが本当にその瞬間にオープンマインドで、そのベテランの方の話に耳を傾けたからでしょうね。相手もそういう雰囲気を感じてたんだと思いますよ。

    私も本当にそう思います。
    現在、世の中に溢れている表面的な情報って、偏見とか先入観しか生まないんです。
    「アメリカ人ってこうなんだ・・・」とか、「軍人ってこうなんだ・・・」という思考は本当に危険ですし、そこで生まれてしまった距離感ってなかなか埋めることができません。
    逆に言うと、日本人だってそういう偏見や先入観を世界中においてきているはずなんです。
    歴史はそうだったかもしれない、政治はそうかもしれない、だけど、今、この目の前にいる一人の人間はどうなの?って言われたら、やっぱりそれはわからないですよね。
    こういう会話とか直接的な声を聞くしか方法はないんです。

    私がアメリカミリタリーについて「フェンスの内側」の見方をしたのは、一本の映画がきっかけでした。
    だいぶ前の作品ですが、”Hunted”だかっていうタイトルだったと思います。これを見て、軍人たちが抱えるPTSDとか、帰ってきてからの生活とか、そういうことを考えるようになりました。「あぁ、みんな私と同じ人間だったんだ」って思えたんです。
    それ以来、「自分とは違う世界」とは思えなくなったし、自分がアメリカで暮らす以上は知らなきゃいけないことだな、と思っています。

    私のつたない記事ですが、読んでくださりありがとうございます。
    これからも頑張って書いていくので、読みにきてください。

  3. Erinaさん。とても内容の濃い話有難うございます。日本も憲法9条の新解釈や、自衛隊の派遣の目的拡大等でもめている時に、非常にタイムリーな投稿だと思います。日本人の中には、アメリカは戦争大好きな悪魔の国の様に言う人がいますが、それは上っ面だけを見て核心を見えていない人の感情論だと思います。アメリカ人は常に軍隊と戦争について試行錯誤を続けています。軍隊とは何か、それを正しく使うとはどういうことかを常に自問している様に思います。

    軍に入る人、その家族、コミュニティーとあらゆるレベルで軍隊と戦争が可視化され、目をつむり無視出来ない環境です。日常目にする軍服の兵士にかける感謝の言葉も、軍を神聖化するのではなく、アメリカ人に軍と戦争を考える機会を与えているような気がします。

    日本が自衛隊の使用目的を変更するに連れ、日本人は自衛隊員をどう見る様になるでしょうか。悪者を見る様に避けて通らない様、祈るばかりです。アメリカは、何度も間違った戦争をしました。しかし、常に軍と戦争を真っ正面から見据え、試行錯誤する態度は、凄いと思います。この点においては、アメリカは日本より遥かに大人です。

  4. >直さん

    興味深い見解、ありがとうございます。

    >軍隊とは何か、それを正しく使うとはどういうことかを常に自問している様に思います。

    私もそう思います。
    大統領の決断に100%賛成する人ばかりじゃないし、大統領選の大きな論点は戦争という所から見ても、戦争に対する世論がとても多様なんだなと感じます。

    アメリカに住んでいると、どんな形であれ、「戦争」がものすごく身近ですよね。
    日本ではおそらく、沖縄とか横須賀とかに住んでいないと、日本に米軍であれ自衛隊であれミリタリーがあるということを忘れてしまうと思います。

    私も最近の日本の憲法9条についての議論を聞いていると、「軍隊を持つことの意味」をきちんと理解しているのかな?と疑問です。
    政治家であれ、反対・賛成する市民であれ、太平洋戦争を直接的に体験した人はほとんどいないはず。結局みんな、「教科書の中のこと」でしかないんですよね。それだけの情報をもとに、こんな大きな決断をしてしまって良いのだろうか?というのが、見ていてちょっと怖いです。

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