ビルマのカレン族

ビルマに暮らす「カレン族」という民族のことを知っていますか?

 

ビルマ(ミャンマー)という国には、現在、様々な少数民族が各地に暮らしており、首都を中心としたエリアでは軍事政権が国家権力を握っています。「ミャンマー」という名前も、この中央政権が呼ぶ名前であり、少数民族を支援する立場からは、国名を「ビルマ」と呼ぶそうです。

タイとの国境沿いに暮らすカレン族のような少数民族にとっては、中央政権によって安全な生活をもたらされるどころではなく、現実は「民族浄化」、つまり意図的に村を燃やされ、住民は殺されるという、非人道的な迫害を受けています。

 

(カレン族の新年のお祝いイベントのお知らせ)

 

ここサンディエゴに、Karen Organization of San Diegoという、難民として渡米してきたカレン族の生活サポートをするNPOがあります。

このNPOは2009年、サンディエゴに移住してきた難民カレン族を支援するために立ち上げられました。創設者&代表は、那央(なお)さんという日本人女性です。

 

サンディエゴに住んでいるカレン族は、母国で家を燃やされ、肉親を殺され、性的暴力を受け・・・そういう体験をしてアメリカにやってきました。

私はそういう現実が、この記事をかいている今、この瞬間にも起こっているとは、なかなか想像できません。

ただ、那央さんが毎日出会う人々の記憶には、それが、昨日起こったことのように鮮明に、彫りこまれています。

 

 

私が那央さんに初めて出会ったのは、JFSCプロフェッショナルミーティング第一回目の6月30日でした。彼女の自己紹介を聞いて、「ビルマってどこだったっけ?すごい日本人女性がいるんだなぁ・・・。」と、とにかく感心していました。

その後、那央さんと個人的にお話をする機会を何度か作り、彼女のお仕事のこと、カレン族のこと、そして自分たちのことを知るきっかけになりました。

 

 

私が那央さんのお仕事の様子を自分の目で見たのは、先々週のことでした。

オフィスの中には、届いたばかりの寄付の袋が。子供服、大人服、おもちゃ、文房具。生活に必要なものばかりです。

大きな部屋に入ると、寄付されたカーシートが2つあり、それらが割り当てられただろう家族の名前がカレン語で書かれていました。(もちろん私は読めませんが・・・汗)

「ベビー用品は、すっごい助かるんです。いっつも子供がどこかで生まれるから・・・。」と那央さんは笑って教えてくれました。

 

「教科書って使います?持って来たんですけど・・・。」

うちの旦那が働く大学では、セメスターの終わりになると、先生達が、いらなくなった教科書やサンプルでもらった教科書を、誰でも無料で持っていけるように、オフィスの外に並べることがあります。たいてい、”FREE”なんていう貼り紙がされて。

先日、年明けに引っ越しを控えた数学科では、荷物の一斉処分なのか、どっさりといらなくなった教科書が山積みされていました。私はそこから、定番そうなアルジェブラの教科書や、微積分の教科書を20冊くらい探し、車に詰め込みました。

18歳くらいのカレンの男の子が、その教科書を私の車から運び出すのを手伝ってくれました。

一段落すると、彼は自分でデスクの上に積んだ教科書をぱらぱらとめくって興味深そうに見ています。

「あ、良かった・・・」

那央さんは、カレン族の子供たちのために、アフタースクールプログラム(放課後に宿題などをする時間)を設けることも考えているそう。一人でも多くの勉強したい子供たちに、資源がいきわたってほしいと思った私は、なんとなく嬉しくなりました。

 

 

「えりなさん、子供たちって学校で外国語を選ぶでしょ?」

那央さんが、興奮した様子で教えてくれたことがあります。

「夏休みのプログラムだったんですけど、あれ、スペイン語か日本語か、っていう選択で、日本語を選ぶんですよ。カレンの子供たちが。すごいでしょ?嬉しいですねぇ!」

私はこれを聞いて、思わずうなってしまいました。

このサンディエゴで、スペイン語よりも日本語を身近に感じる子供たち。日本に興味を持ってくれている、外国からやってきた子供たち。

「Naoはジャパニーズなんだって。ジャパンってどんなところなんだろう?」

そういう会話がカレンの家族や子供たちの間でやりとりされていても、全くおかしくありません。

 

それは、「国際人を育てる」ということが、目の前で起こっている瞬間でした。

那央さんがやっていることは、日本の政治家による外交や、日本企業による外国進出より、数百倍も効果的で意味のあることかもしれない、と感じました。

そして、この貢献は、ビルマのためでも、カレン族のためでもない。自分たち、日本のためであることを知った瞬間でもありました。

 

 

那央さんは、ちょっと博多アクセントでこういいました。

「私、毎朝、自分に言い聞かせることがあるんです。『私は日本人だぞ、カレンじゃないぞ』って。

簡単なんです。『わかったふり』をしちゃうのは。

でも、そうすると、すごく危険なんです。

やっとのことで開いてくれた心を、また閉じちゃうのって、一瞬なんです。

私はこの人たち(カレン族)が、自分の国で体験したことなんて、わからない。わかるわけがない。だからそうやって、自分の中で一線を引きます。

 

この言葉を聞いたとき、彼女の存在がすごくいとおしいものに思えたし、何よりも大きく強いものに感じました。

そこには、誰も受け身じゃない、長続きする支援がありました。

彼女だからできる、必要とされる、そして未来につながる支援活動の形でした。

 

 

私たちはJFSCを通して、このKaren Organization of San Diegoと一緒に何かできないか、と考えました。

そこでまずは、家にある、使わなくなった生活用品(お皿、お鍋、タオルなど)、電化製品、家具、着なくなった洋服(大人、子供、ベビー)、ノートや鉛筆などの文房具、オムツ、哺乳瓶などを集め、日本コミュニティから寄付することにしました。照明器具がなく、夜は真っ暗なおうちで生活している家族も多数いるそうです。

 

サンディエゴにお住まいの方は、JFSCが行う月一のワークショップ、または毎週金曜日にミッションバレーにあるJFSCオフィスにドロップオフしてくれると嬉しいです。

2013年2月23日には、JFSC難民組によるワークショップを行います。

アメリカに住んでいるからこそ触れ合える、異文化と他民族。私たちが学べることはたくさんあります。

アメリカに住む日本人として、何ができるのか、何をしていくべきなのか、一緒に考えましょう。

 

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