働くママ、学校に行く (6)

UCSD Extensionで受講している、Intermediate Accounting IIのクラスも、あっという間に半分が過ぎました。

仕事をしながら学校に行く試み2度目の今学期は、勝手もつかめてきただけでなく、長いあいだ、向き合うことのなかった自分自身の成長を感じる機会にもなりました。

「働くママ、学校に行く」シリーズの6回目、ちょっと書いてみようと思います。

 

タイムマネジメント

 

「タイムマネジメント」。

この言葉をこれほど実感したことはなかったかもしれない。

 

先週は、バレンタインやら研修やらでイベントが目白押しだった。

一週間に子供たちの学校でパーティが3つで、それに必要な紙皿とナプキン、スナックを用意して、忘れないように子供たちに持たせる。

仕事は、今年に入ってからというもの、ものすごく忙しくて、ふと気づいたらランチタイム、その次に気づいたら4時半、なんていう日々が続いている。そしてこういうときに限って「監査(audit)」が入ったりする。

それに加えて丸一日の研修。事前に先輩と予習する時間も作ったけれど、頭がいっぱい。

3週末連続で誕生日パーティに招待され、

JFSCの月例イベントもある。初の試みである座談会形式の今回のイベントでは、進行を務めることになった。

そしてミッドターム(中間テスト)。

考えただけでもめまいがしそうな忙しさ。

 

「あまり嬉しそうじゃないね。」

研修からヘトヘトになって帰ってきた私に、バレンタインの花束とチョコレートをくれた旦那が、ぼそっと言った。

「ごめん、そうじゃないよ、疲れてるだけ。」

ちょっとドキッとした。そんなふうに思わせてたなんて、良くない。旦那がそうなら、子供たちもきっと何かを感じてるのかもしれない。

一度走り出してしまったら、学期の途中でやめることはできない。しかも走っているのは自分ひとりだけじゃなくて、旦那との二人三脚かつ子供を抱えて走る、障害物サバイバルレースである。

「今週は厳しいの、わかるでしょ?悪いけど、ミッドタームが終わったら落ち着くから、もうちょっと待って。でも、色々とやってくれてありがとう。」

「オーケー。」

旦那はそれ以上、つっこまない。

 

 

我が家では、子供たちのベッドタイムは8時と決まっている。それでも自分の部屋で30分くらいはゴソゴソとしているのだけれど、そのうちに眠たくなって勝手に寝る。

8時を過ぎたら、大人は自分の時間を持てる。

旦那がテレビを見ているあいだ、私は机に向かう。寝るまでの3時間を勉強時間にあてる。

 

“You are unstoppable.”

今の仕事が決まったときに、ホストマザーに言われた言葉を思い出す。

10代や20代のときのような、がむしゃらに体当たりのunstoppableではないけれど、一歩一歩、周りをよく見ながら着実に進むことだってunstoppableなのよ、と言われているようだった。

 

当たり前のことだけど、人間、誰だって1日24時間しかない。

逆に言えば、世界の成功者やミリオネアたちと同じで、24時間もある。

彼ら・彼女らだって、この1日24時間の中で何かを成し遂げているのだから、私にとってもフェアレースのはず。

そのうちの3時間。

仕事もして、子育てもして、自分のケアもしなければいけない生活では、この3時間の価値をmaximizeするしかない。

そうなると、もう色々なことをウダウダと考えるのはやめて、目の前にあるものをやるしかないのだ。

 

 

それにしても、この忙しさからくる「疲れ」を慢性的なものにしないように、メリハリは必要。

予定の無い週末は家でのんびりすることで、家族との時間を作る。

子供と草むしりをしたり、植物を手入れしていると、脳が休まるし、体が動く。

なるべく外食を避けて、栄養のある食べ物を選ぶ。

そして、よく寝る。

Simple is the best.

こういうライフスタイルがいかに大切か、ということをしみじみと感じるのは、つい最近のこと。去年、体調に予想外のことが起きたのも、今では良い教訓になった。体は正直だ。

 

 

宿題とミッドタームの締め切りは、月曜の夜11時だったけれど、3連休(土・日・月)を楽しむために、土曜のうちに終わらせた。

学生の頃は、「嫌だな~。やりたくないな~。」とストレスを感じたまま3連休を無駄にして、結局月曜の夜に必死でテストを受けていただろうに、自分でも信じられない変化である。

宿題とミッドタームはオンラインで提出することになっていて、講師が毎週、チャプターごとに問題を選び、提出日を設定する。各生徒の進行状況やスコア、提出日などは講師が全てモニターできるシステムらしい。

 

ある週の講義で、講師がこう言った。

「前回の提出日に、宿題を提出できなかった人?」

クラスのほとんどが手を挙げた。

 

どうもシステムにエラーがあり、提出日に宿題にアクセスできなかったらしい。私はその数日前に提出していたので、そんなことは全く知らなかった。

 

結果、講師はクラス全員にこの宿題のクレジットをあげた。

 

「ふ~ん・・・・。」

 

仕事だったら、ありえないよな・・・。

システムエラーなんて普通にありえることで、それを理由に仕事ができませんでした、は言い訳にはならない。それが通用することにちょっとビックリした。

 

 

「いったん社会に出る」ということの意味は、私にとって予想以上に大きかった。

責任、時間の価値、自分が動くこと、人が動くこと、給料をもらうことの意味、自分の価値とかっていうものを、冷静にじわじわと経験できる。これは教科書には載ってない。

仕事は毎日のことだから、変化や成長が小さくて目に見えないことも多い。

だけど、こうやって若い学生たちの中に入ると、

 

「けっこう、自分っていろんなことやってきたじゃん。」

 

と思えた。

この12年間、手探りで夢中でやってきたことの中に、「無駄だったな」と思えることはあまりない。まだまだ形になっていないものばかりだけど、これから形にしていけそうな可能性は少しずつ見えてきた。

そしてそれは仕事だけじゃなく、家族でもそう。子供たちが成長し、私のいないところで、学校という新しい世界を楽しんでいることは、親としてとても嬉しい。

「あぁ、自分は間違ってなかった・・・・(たぶん)。」

まだまだ確信はできないけれど、初めてそう自分に言ってあげられた気がする。

 

「自分には何も無い」と思っていた頃に比べたら、小さいながらも自信の芽が出てきたように思える。

 

今まで上ばかり見てきたけれど、自分の足元を確認することも大事なのかもしれない。

「前を見ろ!」とは言いつつも、自分の来た道をたまには振り返って、そこから学ぶことや達成したものをきちんと認識することも、大事なんだろう。

今の自分には、そういうバランスも必要なのかもしれない。

そんなことを考えながら、学期後半を無事に終わらせることに集中する。

 

 

次回:働くママ、学校に行く (7)

 

働くママ、学校に行く (6)” への2件のフィードバック

  1. 僕が所属する課程は、クラスメートがほぼフルタイムで仕事を持っている同年代が多いのですが、「ご家族の面倒を見ながら」は本当に脱帽っす。

    もうあと数ヶ月で終わる(はず)課程、独り身で好きに時間を割いて取り組んでいるのに、「めちゃ大変」て何度も「うぉやっぱ学校嫌い、宿題嫌い、やめたい」と思ったものです。今は終わりが見えたので、「つぎ込んだお金がもったいないし」とセコさとケチさで気持ちを繋ぐ感じですかね。

    内容は本当に面白いんですけど、この「〆切り」に追われる感覚ですかね、体が拒否反応してしまうのは。

    なんか、その辺のタイムマネジメントは(感覚がサボりまくっていた学生の頃に戻ってしまっているのか)苦手ですね。

    二月~五月て、大学でもイベント・出張が多い時期なので、アワアワしてます。さて、走り抜けましょう。

  2. たつやさん、コメントありがとうございます。
    もうすぐ終わるんですね。お疲れ様です。

    フルタイム学生のときは100%のエネルギーを費やしてたものが、今は30~50%しか費やせないで、同じ成績を取ろうっていうんだから、相当要領よくやっていかないと大変ですよね。

    >セコさとケチさで気持ちを繋ぐ感じ
    (笑)わかります。
    大人の事情ってやつですね。
    いやぁ、高いですもん、学校。

    でもこういう状況の人たちにも門戸が開かれているアメリカ、素晴らしいですよ、本当。

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