働くママ、学校に行く (7)

ある金曜の午後、ボスが私のデスクにやってきた。

 

「Irvineチームのリーダー、ジェレミーが、社内トレーニングをオーガナイズしたの。彼の指名で、あなたも来るようにって言われてるんだけど、どうかしら?」

 

そりゃ行くに決まってるよ!

と心の中で叫ぶのもつかの間、ボスは続ける。

 

「早速来週から、毎週水曜日、計7回。場所はIrvineで一日中よ。朝の8時半から4時くらいかしら。」

 

水曜日・・・4時か。

そこからサンディエゴに戻ってきて、子供たちを二人、6時までにピックアップしなきゃいけないんだけど、間に合うかな。

アメリカの託児所は時間厳守。時間外のピックアップが遅れるたびに、1分1ドルのペナルティなどが規則になっている。

 

加えて、火曜日の夜は会計のクラスもまだ残り2週あるし、かなりしんどそう・・・。

 

私:「まぁ、大丈夫だと思います。」

ボス:「そう、とりあえず旦那さんとも相談してみて。」

私:「オーケー。」

 

そう言うと、15分後にそのジェレミーからメールが来る。

 

「ハイ、エリナ。こういうトレーニングがあるから、参加して欲しい。毎週水曜日で7回、時間は9時から2時。」

 

お、2時か。じゃあ子供のピックアップは余裕だな。(一安心)

一応、旦那に確認しようと携帯に電話してみるも、いつも通り、電話に出ない。仕方ないので、確認なしで返信。

 

「ハイ、ジェレミー、招待ありがとうございます。参加します。楽しみにしてます。」

 

とジェレミーに手短に返信する。

 

 

ピックアップは大丈夫みたいだけど、朝は時間がない。

Irvineは、ここサンディエゴから渋滞なしで車で一時間半、朝の渋滞ならおそらく二時間ちょっと。

9時開始ってことは、サンディエゴを朝7時前に出るとして・・・・子供たちをそれより前に学校に置き去りにはできない。旦那の仕事が8時15分開始だから、彼がそれに間に合うように、子供たち二人を小学校と幼稚園にドロップオフするしかない。

 

私:「そういうことなんだけど、大丈夫?」

旦那:「まぁ、仕方ないね。」

家に帰ってから旦那に事後報告。

 

この社内トレーニングは、私にとって大きなチャンスだった。今まで、メールや電話のやりとりのみで仕事をしてきたIrvineチームと実際に対面できるし、そこのボスに認められたのは大きなサプライズだった。

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でも正直に言って、家族と学校が同時進行しているときに、これはちょっと焦った。

とりあえず授業はあと2回で終わる。学校+トレーニングが重複するのは2週間だけ。なんとか乗り切ろう。

しかしそれでも、息子が足の骨を折ったり、娘が蜂に刺されたり、無視できないことが起こる。

 

私は無宗教で、特に信心深いわけではないけれども、物事は起こるべくして起こると思っている。

英語では”Everything happens for a reason.”なんて言う。「引き寄せの法則」(Law of Attraction)なんかもそう。

それが追い風であるか、向かい風であるかは、時と場合によって違うけれど、どっちにしろ何らかのサインであると私は受け取る。

 

【今、無理してますよ。】

 

今回、私が受け取ったのはそういうサインだった。

娘が「マミー、一緒に寝てくれる?」と夜遅くに張り付いてきたり、小さなことで息子が珍しくごねる。彼ららしくない行動だ。

 

「あぁ、これはマズイな・・・・。」

 

子供たちがサインを送っている。私に余裕が足りてない証拠なんだ。

 

 

今回、ワーキングマザーとして二学期授業を取って、感じたことがあった。

  • 家族(特に旦那)の協力は必須
  • 無理は絶対にしない

ということ。

 

私の旦那はスーパー主夫で、朝からネコの世話と子供の支度をして、仕事に出かける。

食料品の買出しをして、帰りが早い日はディナーを作り、子供たちのランチとスナックを用意する。週末は掃除も洗濯もする。彼は家事が好きらしい。

私は彼のおかげで、家のことは心配する必要がなかった。

 

「無理はしない」なんて、20代のときは絶対に同意できなかった。若いときは無理をしてなんぼだと思ってたし、無理することはカッコイイことだとすら思っていた。

でもそうじゃない。無理をして、やっていることのクオリティが下がったり、何かを失ってしまったら意味がない。

 

「マミー、いつクラスボランティアしてくれるの?」

 

あまりものをねだったりしない5歳の息子がそう言った。

私はドキッとした。

やっぱりボランティアとかして欲しいんだ。そうだよな。他の子供たちの親は来てくれてるんだし。

私は、「仕事を理由に、子供からのサインにこたえない母親」にはなりたくなかった。

いくらフルタイムで仕事をしたとしても、一年に一日くらいは休めると私は思う。というか、休める母親でいたいと思う。子供だって、なんでもかんでも要求するわけじゃないから、「ここぞ!」という機会を見極めて、子供の期待に応えたい。

 

仕事はもちろん大事だし、子供には「働くこと」の意味を知ってもらいたい。

だけど、家族の笑顔を犠牲にしてまでやる仕事は、私の中には存在しない。

そう思うようになったのは、アメリカに来て、本当の意味でのsuccessfulは仕事だけじゃなく、家族も幸せであることだと知ってからだ。

 

息子がベビーの頃、私は無理をしていた。いや、私たち夫婦は無理をしていた。

私たち家族は、肉体的にも精神的にも、そういう生活に疲れていて、それは色々な面で現れた。

夫婦のコミュニケーション不足、息子のアトピーやかんしゃく、言葉の遅れ。子供は大人みたいに、ストレスを言葉で表現することはできないから、まわりの大人が、behaviorや体調の異変に気づくしかない。

もちろん当時はそれがサインだとは気づかなかったけれど、それが過ぎて、健全な状態の自分たちと比べたら、違いは一目瞭然だった。私は、またそれを繰り返すことはしたくなかった。

 

「マミーはいつもいない。いても疲れてるか、自分のことばかり。僕のやってほしいことは何もやってくれない。」

 

自分の意志を持った今、子供たちにそう思われるのは、私にとって最悪のシナリオなのだ。

 

 

そこで、私は一つの可能性にたどり着いた。

「大学院に戻るときは、仕事を辞めて、フルタイム学生になる」

 

「両立」という言葉を考えたとき、私はパートタイムまたはフルタイムで仕事をし、同時に学校に行き、子育てもするという選択肢しかないと思っていた。

しかし、この二学期ぶんの授業で、色々なことが見えた。

パートタイムで学校に行くということは、2年で終わるはずが倍はかかる。4年間の仕事+学校+子育てが持続する生活というのは、私にとっては、果てもなく長いレースだ。

今すでに、週末にも仕事や宿題のことを考えながら、子供たちと思い切り遊べてない自分がいる。私は仕事も、学校も、子育ても、やるからには全力でやりたいし、絶対に後悔したくはない。そのためなら、一時的に仕事をドロップしても良い。

そう思えるようになったとき、将来の自分へのプレッシャーが、ふと軽くなった気がした。

「このままで院に行けるのかな?」という不安は、「いつかは院に行ける。」という確信になった。

 

私:”I need to be more available to kids. I don’t think I can do all successfully.(子供たちにとって、もっとavailableでありたい。今のままでは、全てをうまくできるとは思えない。)

だから、院に戻るときは仕事をいったん辞めるかもしれない。」

旦那:「うん、良いんじゃない?」

私:「院は超スピードで終わらせて、タイムラグを感じないうちに仕事に復帰する。」

旦那:「良いと思うよ。子供たちは君を必要としてるよ。」

 

“Kids still need you.”

そう言われて、私は喉の奥がぎゅ~っとなるのを感じた。

自分は何を考えてたんだろう?そんなの、当たり前のことなのに、誰かに言われて気づくなんて・・・・。

 

 

子供と過ごせる残り時間は短い。

長男が小学校に上がって、それを強く感じるようになった。

彼がベビーのときは、一日がものすごく長く感じて、「早く大きくなってくれよ~!」と思ったものだったのに、今、一日はあっという間に過ぎて、子供たちは自分の知らないところでどんどん成長していく。

私の知らないことを毎日のように覚えてきては、ますます独立した存在になっていく。これは嬉しい反面、寂しい現実。

蜜月と言えるような、子供たちとべったり過ごせる時間は、あと10年もないかもしれない。なのに、私の人生はまだおそらく50年はある。いや、70年かも?

 

「仕事はまだまだあとでもできる。でも子育てはたぶんあっという間に終わってしまう。」

 

もっとゆっくり成長して欲しい。

いつの間にか、子供たちと自分の立ち位置が逆転していることに気づいた。

 

これからは、光のスピードで親が置いていかれるばかりだ。

 

 

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