学生ビザから米国市民権まで(4)

H1Bについてはすでに私自身のものを含めいくつか他にもエントリーがあるので割愛し、今日は結婚ベースのグリーンカード(以下GC)申請について忘れられない思い出を記録しておきたいと思います。

実はこの出来事は、今こうして私がこのブログに投稿することになった経緯に深く関連しているのです。

結婚が決まってさぁGC申請!となったとき、私はいろいろとリサーチをして、一番早く、楽にGCを入手できる方法を発見しました。

それは、アメリカではなく日本国内のアメリカ大使館に申請すること、それも東京の大使館ではなく人口のよりすくない沖縄の領事館で申請する方法。

すると、なんと最短で2週間くらいで渡米できるらしい!

かつて就労で数年かけてGCをとろうと思っていた私には、この2週間という期間が夢のように短い期間に思えました。

それも、日本国内のアメリカ大使館に申請するには、日本に旅行中ではなくてちゃんと在住していなければならず、その証拠として住民票を提出することになるのですが、沖縄にはちょうど私の家族の一人が住んでいて、住む場所もしっかりある!

なんと素晴らしいアイディア!と私は自画自賛していました。

その後に何が起こるかも知らずに・・・

そう、ことはそう簡単には運ばなかったのです。

ちなみに2015年現在、結婚ベースのGCを日本国内のアメリカ大使館に申請することはできなくなっています。このことがこの後に起こる私のGC申請にまつわる災難?!に関連してきます。

忘れもしない、すべての書類を集めて沖縄のアメリカ領事館に提出を済ませ、1次面接も終了、あとはほぼ確実に渡米許可をもらえるはずの最終面接を待つのみ・・・となっていたある日の朝。

領事館から突然の電話。

「あ、最終面接の知らせ?!」とわくわくして出ると・・・

「突然ですが、アメリカの移民法が本日を持って変更となりまして、もう日本でGC申請のための面接はできなくなりました。」

!?!?

「すでに申請中のあなたのケースについてはまだどのように処理していくか決まっていませんので、また決まり次第ご連絡します。」

!?!?

もう、これは現実なのか?!夢であってほしい!!いったいこの人は何を言ってるの?ありえないでしょう!!どういうこと?!

パニックになりながらも、必死で

「それはいつごろ決まるんですか?」と質問しても

「わかりません。なんとも言えません」

「でも、たとえば1週間とか2週間の話ですか、それとも何年も連絡を待つんですか?!」

「・・・わかりません。こちらもこれ以上の情報がないんです。とにかく次の連絡をお待ちください」

領事館のスタッフも決して無愛想ではなく、せいいっぱい丁寧にこのバッドニュースを伝えてくれて、本当にスタッフ自身もそれ以上のことがわからず、何も言えないのだということがわかったので、私もそれ以上質問することができませんでした。

主人に伝えると私と同様の反応。その後、二人とも本当にがっくりきてしまいました。

私と主人はそれまで、7年に渡る遠距離恋愛をしていたので、結婚してやっと一緒にいることができる!ととても幸せな気持ちでいました。

主人は観光ビザで日本に来ていたので、3ヶ月後にはアメリカに戻らなければならない。このGCの問題があと3ヶ月以上こじれたら、また離れ離れ。

それに、このときは本当に誰一人、なにひとつ明確な情報を持っていなかったので、もしかしたら本当にあと1年とか2年、またはそれ以上アメリカに入国できないのではないかと真剣に心配だったのです。

当時、大使館や移民局への問い合わせは、有料の電話のみ。クレジットカードの番号を入力して、質問の答えが「わかりません」だったとしてもその質問1件分の料金がかかるというひどいシステム。

それでもこの際仕方がなく、なんどか料金を払って電話をかけました。

それがまた、毎回違う人が違う回答をしてくるのです。

今思えば、本当に現場も混乱していて、情報が錯綜していたのでしょう。

でも、ある人には「沖縄ではなく東京に書類が転送されたので、東京に面接の予約をしなおしてください」と言われ、またある人には「書類は韓国に送られ、審査中ですのであと1ヶ月かかります」と言われ、もう「私の書類はどこにあるの?!どこに行けばいいの?!」と不安で頭がおかしくなりそうでした。

そんなとき、心強い仲間がいる場所を発見したのです。

当時多くの人に使われていた「Mixi」のコミュニティ。

もともとあったGC申請コミュニティの中から、このとき、私と同じようにGC申請中に突然移民法が変わって最終面接がキャンセルされた人たちだけが集まった新しいコミュニティが生まれました。

それぞれ様々に異なる事情でちょうどそのころ結婚し、日本でGC申請し、たまたま、移民法改定前と改定後の間にはさまれ、宙ぶらりんになってしまったごく少数の私たち。

必死で自分たちの持っている情報を交換し合い、誰かが有料の問い合わせをすればすぐにそのとき得た回答を全員に共有し、不安な気持ちをわけあい、励ましあい・・・このコミュニティがなかったら、あのつらい数ヶ月を耐えることができなかったかもしれない、というくらい、心の支えになった場所でした。

そしてその中でも年齢が近くてコメントの内容も親近感が持てて、すぐ友達になったのがこのブログのメンバーでもあるMakiさんだったのでした。

Makiさんや他の人たちと交流しながらひたすら領事館からの連絡を待ち、やがて3ヶ月の滞在期限がせまって夫は一人アメリカに戻ることに。

「この際、うじうじ待っていても仕方ないから、せっかくなら楽しんで待とう」と決め、出発の少し前に夫と一緒に東京に戻り、ディズニーランドに遊びに行きました。

で、そのディズニーランドでお昼ご飯を食べている時・・・

また突然の領事館からの電話。

「最終面接を行いますので、3日後に領事館に来てください」と告げられました。

嬉しいやら、いそいで東京から沖縄に戻る飛行機のチケットが必要で焦るやら。いろいろまたパニックになりつつも、不安なまま別れるのではなくて、「すぐ行くから、先に帰って待っててね」と夫を見送ることができて本当に良かった。

そしてもちろん、その場ですぐMixiコミュニティに書き込みです。

なんと、最終面接の連絡は私が一番最初だったのです。東京ではなく人数の少ない沖縄だったせいかもしれません。

「連絡来た!」という書き込みの直後、次々と「わー!よかった」「じゃあもうすぐ私たちも?!」「嬉しい!」と怒涛のコメント。

その後、数日かけて次々と「私も連絡来ました」という書き込みが続きました。

あのときはインターネットという存在が本当にありがたかった。

私とMakiさんは、いつかGCが無事とれた暁には、それぞれ居住予定のLAとサンディエゴにお互い遊びに行き、食事でもしようね!それを目指して頑張ろうよ!と言い合っていました。

その夢があとになって実現したときには、私にもMakiさんにも同い年の娘がいて、仲良く遊ぶ二人をみながらしみじみと「あのときは大変だったけど、そのおかげでこうして友達ができたりして、悪い事ばかりではなかったな」と思いました。

これを書いている現在、ちょうど昨日、私は米国市民権を得て、正式にアメリカ人となりました。

誓いのセレモニーでスピーチをした人が「ここに至るまで、みなさん長いJourneyがあったことでしょう」と言ったのですが、そのとき私も、GCの最終面接がこうやってキャンセルされたこと、そしてサンノゼの移民局で深夜から並んだあげくOPTがもらえなかったことなどを次々と思い出しました。

誓いのセレモニーでは多くの人が涙を流しますが、きっと私以上にみんな、ビザにまつわる苦労を乗り越えてその日にたどり着いたのだと思います。

次回は記憶に新しい、米国市民権を得るまでの経験談を書こうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

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2 comments on “学生ビザから米国市民権まで(4)”

  1. Hanaさん!私はその移民法が変わった後の申請だったので、本当に本当に時間がかかりました。
    大使館では申請できなくなり、本国の移民局に直接書類送付からのスタート。なんとその後は8ヶ月音沙汰なしでした。
    こちらから電話しても「処理中です」のみの回答で、ネットで進行状況を見ても全く進んでおらず、辛い日々でした。
    結局、申請から渡米許可までは1年以上かかりました、、、

  2. Tomomiさんは、私やまきさんの次の世代なのですね。
    私たちは当時、ものすごく運が悪い!と落ち込みましたが、今にしてみると、じつは滑り込みセーフでなんとかなって運が良かったのかもしれません。
    大使館に申請できるのは本当に楽な抜け道だったんですけどねぇ・・・、申請から1年なんて本当に大変ですよね。これから結婚して新しい人生を始める!ってときに、なんだか全然計画が立てられないじゃないですか。子供だって生まれるかもしれないというときに・・・まったくもう〜
    Tomomiさんもとにかく無事に渡米できて本当に良かったです。

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