祝 山中伸弥氏ノーベル医学生理学賞受賞

今月8日、スェーデンのカロリンスカ研究所は、今年のノーベル医学生理学賞を京都大の山中伸弥教授と英ケンブリッジ大のジョン・ガードン博士に授与すると発表しました。

授賞理由は「成熟した細胞を、多能性を持つ状態に初期化できることの発見」でした。

どういう事かというと、例えば私たちの髪の毛や皮膚の細胞を使って、心臓や肝臓などあらゆる臓器を作成する技術を発見したのです。この技術によって今後、拒絶反応の少ない再生医療や難病の仕組みの解明などにつながる革新的な功績が評価され、受賞となりました。

通常、ノーベル賞を受賞する人って、その発見がどれだけ社会に貢献したかが重要なので最初の発見から20~30年後に受賞する場合がほとんどなのですが、今回は成果がアメリカの科学雑誌、Cellに発表されてからたった6年という異例のスピード受賞でした。

その理由は、今回の発見がものすごく革新的であったことはもちろん、この技術がこれまでのクローン技術では越えられなかった壁、すなわち倫理的な問題を一気に解消した事で、今後の医療を大きく変えていくだろうという期待を込めての授与だったと、山中先生本人もインタビューで答えています。

山中先生は実は最初から研究者を志していたのではなく、整形外科医になるため神戸大学医学部で学位を取り、その後しばらくMDとして働いていました。しかし、手術だけでは病気の人を治せないという現実を知った時、臨床の現場での限界を感じ、その後、大阪市立大学大学院医学研究科に進学しました。

余談ですが、実はボクも山中先生と同じ大学院でPhDを取得しました。ですので、山中先生はボクの先輩に当たります。しかも、山中先生が所属していた薬理学教室は、ボクが所属していた研究室と仲が良かったため、山中先生の講演や書籍などに良く登場する三浦克之先生もボクが大学院生時代に仲良くして頂いた方です。

山中先生は大阪市立大学でPhDを取得後、当時日本ではまだ研究が進んでいなかった遺伝子改変動物を使った研究を行うため、サンフランシスコにあるグラッドストーン研究所にポスドクとして渡米することになります。

そこで山中先生は、従事していたDr Robert Mahleyに大切なことを学びます。それは、

研究者にとって大切なのは、VWである。

山中先生は当時、「研究者はフォルクスワーゲンに乗ることがステータスなのか!!」と思ったそうです。

しかし、VWとはそういう意味ではなく、

Vision & Works Hard」だったのです。

日本人研究者て、本当にHard Workerです。
日本の大学院では、朝10時から夜の12時すぎまで実験するなんてザラです。徹夜をすることもよくあります。
しかし確かに日本人はよく働きますが、頑張りすぎて途中で研究の意味を失ってしまう人がよくいます。

これって、戦後、焼け野原から立ち上がるために経済発展だけを目指して右向け右で頑張ってきたの日本人の名残なのか、と良く思います。

ボクも大学院生時代は研究室に泊まり込んでタンパク質の精製に明け暮れたことがありました。
徹夜続きでやっと精製に成功し、その結果を当時のボスに報告したところ、

「このタンパク質は目的のタンパク質ではない」

とアッサリいわれ、挫折しかけたこともあります。

しかし、ボクの信念でもある「結果が全てだ」と自分を奮い立たせ、何度も何度もタンパク質の精製に明け暮れていました。

今思い返せば、あの時投げ出すに頑張ったことが、今の粘り強さにつながったのかなと思っています。

 

話は戻って、山中先生はアメリカでのポスドク修業を終えて帰国後、PADという病気にかかったそうです。PADとは山中先生の造語なのですが、

Post-america depression

前述のように山中先生はアメリカで遺伝子改変動物、特にマウスを使った研究を行っていたわけですが、アメリカではマウスの飼育は全て担当の職員がいました。しかし、日本の大学ではそういった職員がいなくて、ネズミの餌やりやウンコの掃除など、全て自分でやらなければいけませんでした。

アメリカでは実験に専念することができたのに、日本ではネズミの世話ばっかりで実験ができない!!と、山中先生は一度研究者を辞めようと思ったそうです。

しかしその後、日本でも有数のトップ研究機関である奈良先端科学技術大学院大学にたまたま応募したところ講師のポストが決まり、iPS細胞を発見するに至りました。

 

山中先生は、いつも講演のタイトルに

人生万事塞翁が馬」というタイトルを付けます。

ボクもアメリカに来てからよく、「もし日本におったらこんなに苦労はしなかったのに・・・」と思うことが良くありますが、山中先生の経験談を胸に、頑張ろうと思っています。

 

 

祝 山中伸弥氏ノーベル医学生理学賞受賞” への2件のフィードバック

  1. 日本を出てソコソコ真面目にやった人は、「アメリカに来て視野が広がった」と思えるのだろうけど、逆に「比較の対象が増えた」ことで若干「無いものねだり」してしまうよね。

    違う国だから、「アメリカだとさ」とか「これが日本だったら」とか言っても仕方ないんだけど言ってしまう、みたいな。僕の場合、どっちに居ても100%納得することはないのだろうて、妥協する範囲を歳老うたびに広げてます。「もういいや」という悟り。

    山中先生が好きなタイトル通り、人生の「あの時この時」はマジで分からんもんです。それが十数年経ってから「…あ」となって、笑顔になれるよう今を踏ん張るのみね。先生とはレベルが違うんだが…

    車が最近頻繁に故障がちなのに、$2000以上注ぎ込んでドラムセット新調してしまったけど、何年後かに笑顔になってる気がしてます。その時はまた他の奴を叩いてそうだが。

    ダクタァ・オカァダ、出世したら美味しい日本酒にシシャモあててお祝いだぜ。ダクタァの奢りで。はい。あぁざっす。

  2. KAZさん、山中教授の受賞はたまたま日本滞在中にニュースで見て日本中の大騒ぎを斜めに見ながら、アメリカにいたらこのニュース知らなかったんだろうな、と思っていました。あと、うちの母が「頭も顔もいいのねぇ。」と感心していましたね。たしかに賢そうないい顔されてますよね。それより素敵とわたしが思ったのは謙虚さ。一言目に「この分野には先輩の研究者で素晴らしい方がいっぱいいらっしゃるので自分がいただけるとは夢にもおもっていませんでした。」とのこと。受賞の連絡を受けたときは、調子の悪い洗濯機の修理をするところだったそうです。(ワイドショー)。「人生万事塞翁が馬」はわたしの好きな言葉でもあります。いつも人のことをうらやましく思ってしまうときに、自分を戒めます。VWでは大笑いしました。ありがとうございます。SDでおあいしたいできるのを楽しみにしています。

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