Conversion(改宗) : 後半

さて、最後の試練とは?

まず、改宗の儀式がどういうものかを説明します。

“Sex and the City”というアメリカのテレビドラマを観ていた人なら、4人のキャラクターの1人、シャーロットがユダヤ教に改宗したときのシーンを覚えているかもしれません。

厳格な雰囲気のシナゴーグの地下室にある、プールのようなお風呂のような施設で、シャーロットが全裸になって水に入っていくシーンです。

これを、「Ritual Immersion at Mikvah」と言います。

「Mikvah」というのはヘブライ語で、「ミクヴァ」と発音し、このプールのようなお風呂のような施設のことを指します。

↓Mikvahの一例。いろいろな形がありますが、階段がついていて徐々に体を沈められるようになっています。

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キリスト教でも「洗礼」という儀式がありますが、やはり水に入ったり、額に水をかけたりします。

水に入るのは、母親の羊水にもう一度戻って生まれ直す・・・ユダヤ教徒やキリスト教徒として生まれ変わる、という意味合いがあると思われます。

非常に象徴的な儀式なので、「改宗儀式」と言えばこの水に入るシーンを思い浮かべる人が多いのですが、実際には丸一日にわたって行われる儀式で、水に入るのはそのほんの一部。

改宗の日、まずはシナゴーグに3人のRabbiが集まります。

前回、今まで学んだ内容をまとめた小論文を書くのに苦労した、と書きましたが、この小論文をこの3人のRabbiの前で読み上げ、それに対してRabbiがいろいろと質問をしてきます。

私の場合は、「日本の文化とユダヤ教の考えを、どう生活の中で統合させていくか」というような質問、神道や仏教との違いについて、また今まで読んだ本の中で何を学んだか、私側、夫側の家族がそれぞれ改宗についてどう思っているか・・・など、あくまで私自身の意見や経験についての質問でした。

前回書いたように、日本人としては「試験」と聞くと「紀元前500年から西暦70年くらいまでの間に、エルサレムの二番目の大聖堂が破壊された」みたいな、歴史的知識を問われるのかな、と想像してしまうのですが、実際にはもっと自分自身の解釈や意見を問われる試験です。正解・不正解というよりも、Rabbiたちとのディスカッションでユダヤ教の理解度が試されます。

この試験のセッションが終わると、改宗者はいったん部屋の外に出て、3人のRabbiが「この人の改宗を認めるか、どうか」を話し合います。

「改宗OK」となると、改宗者はまた部屋に戻り、Rabbi全員とともにCertificateにサインをします。

このときに、もうRabbiたちは「Mazel tov!!」(ヘブライ語でおめでとう!という意味。マゾタフ!という感じに発音)と言って祝福してくれます。

ここで改宗が認められて始めて、Mikvahに向かうのです。

というわけで最後の試練の話になるのですが、年末年始の忙しさでついつい、Mikvahの予約を忘れていた私は、いざ施設の管理者に電話をかけてみたら「あら、その日は掃除で閉まってます」と言われてしまったのでした。

もう3人のRabbiに日にちを伝えてしまっているし、シナゴーグのウェブサイトにも私の名前が「Tamamiの改宗の日」とカレンダーに記載されているし、いまさら予定を変更できない。

で、Rabbiに相談したら、「じゃあ、海でやろう!」というお答え・・・

海・・・

LAのビーチ。

コンセプト的には、素晴らしい!

でも、季節は冬。

暖かいイメージのあるLAですが、実は、海流の影響で、カリフォルニア沿岸の海は季節を問わずにとても海水が冷たいのです。

1年中海に入っているサーファーも、秋になればもう全身を覆うフルウェットスーツを着ています。

それも、天気予報を見れば、私の改宗の日はいきなり気温が落ちて、LAには珍しいような寒い日。

でも・・・

「いや、寒いから無理です」と言おうと思えば言えたのです。LAには探せば他のMikvahもあるだろうし、海が唯一の選択肢というわけではありませんでした。

が、なんだか「ちょっとやってみたい」と思ってしまったのです。冬の海に飛び込むのがどんな感じか・・・こんな機会でもなければきっと経験できないだろうし。

時期はちょうどお正月、日本でも冬の海での「初泳ぎ」がニュースになる季節。

私とRabbiは、「よし、では海で決行!!」と決めました。

夫も、友人達も、義理の家族もみんな「海で儀式をする」と言うとびっくり、Facebookでもたくさんの友達が「がんばって」「無事に終わりますように」と励ましの言葉をかけてくれました。

Mikvahの儀式は、まずヘブライ語でお祈りをしてから水に入り、一度出てきて、もうひとつ別のお祈り、また水に入って、最後のお祈りをして終了です。

つまり二回、水に入ることになります。

また、水に全身浸かることが条件です。

ちなみにLAのビーチはパブリック・ビーチなので、全裸になることは禁止されているため、水着で入ることになりました。

多くの人に「ウェットスーツを着れば」と言われたのですが、本来は裸で行う儀式なので、水に直接触れないウェットスーツは却下。

当日、夫と、Rabbi、そしてWitness(証人)となる友人のユダヤ人女性とともに、大量のタオルと着替えを持参してビーチへ。

私は試験のあといったん家に戻って水着に着替え、その上にバスローブ、その上にダウンコートという姿。

その日は快晴で、気温は低いものの、LAらしい眩しい日差しがビーチに降り注ぎ、冬の海は静かで透明で、神聖な儀式にふさわしい美しい景色が広がっていました。

靴を脱いで裸足になると、日差しであたたまった砂が気持ちよくてすがすがしい気分に。

水着にバスローブでヘブライ語のお祈りをします。まずは神様を讃え、「これから水に浸かる儀式をします」というお祈り。

そしていざ、バスローブを脱いで海へ!

気温は13度。日本のお正月に比べたらずっと暖かいと思いますが、それでも腕や足にあたる風はとても冷たく、すでに心臓がどきどきしてきます。

足首まで水に入ると、それだけで叫びそうなくらい冷たい!

でも、全身が浸かる深さまで早く移動しないと、それだけ水に触れている時間が長くなってしまってつらいので、どんどん前に進みます。

寒い、冷たい、たしかにつらいけど、夏は茶色に濁っている波がガラスのように透明で薄い青い色をしていて、「なんてきれいなんだろう」とも一瞬思いました。

サーファーが多い地域だけあって力強い波が次々と前からせまってきます。

大きな波が来たところでしゃがんで、一気に全身に水を浴びます・・・思わず「わあああーー」と悲鳴をあげるほど、冷たかった!

自分の体が、「なんだこれは!非常事態!非常事態!」とパニックになっているのがわかりました。

心臓がすごい勢いで鼓動していて、水の上に顔を出すと、まるで全力疾走したあとのように息切れしていました。

砂浜に向かってかけ戻ろうとすると、足の感覚がほぼなくなっていてなかなか前に進めません。

全身と違って足はずっと水の中にあるので、浅瀬を移動している間にすっかり冷えてしまったようです。

でも、水から上がったとたんに冷え切った足がまず、カーッと熱くなったように感じられました。海に入る前は、「海からあがった瞬間はきっとガタガタ震えるほど寒いだろう」と想像していたのですが、実際は逆なのです。冷水を浴びた体は、体温を維持しようとして心臓から血液を体の表面に向かってすごい勢いで送り出すのだそうです。そのため、海からあがった瞬間は心臓がどきどき、体中カッカしていて、「寒い」とは全然感じませんでした。

しかし見ている側は相当寒いだろうと思ったようで、夫とユダヤ人女性のグロリアがバスタオルを次々に私に巻きつけてくれます。そしてRabbiと一緒に二つ目のお祈り。神様への感謝の言葉を述べるお祈りです。

もう一度海へ。

二度目なので今度はためらわず走って行き、勢いよく波をくぐりました。やっぱり冷たい!でも、これで最後、これで改宗できる!という喜びのほうがずっと勝っていて、砂浜に駆け戻っていく私は満面の笑顔だったと思います。最後のお祈りをしてRabbi、証人のグロリア、夫に次々抱きしめられて「Mazel Tov!」と声をかけられ、アドレナリンと達成感とでハイになってしまった私は、嬉しくて笑い転げながら車に向かって歩きました。

一度自宅に戻ってシャワーを浴びたあとは、夫とグロリアと3人でお祝いのランチ。この日のために夫が予約しておいてくれた、リゾートホテルの中の素敵なレストランです。冬の海に入るという第一関門を通過したものの、まだ夕方の儀式やスピーチが残っているので、ランチを楽しみながらも完全にはリラックスできません。

大勢の前でスピーチをするということ自体、慣れていないし緊張するのですが、それも英語となると、いざというとき頭が真っ白になってしまいそうで、実は海よりもこのスピーチのほうが私にとっては憂鬱でした。

最初は原稿を用意してただ読み上げようと思っていたのですが、そうすると目の前の人々とアイコンタクトをするのが難しくなります。そこで、原稿を何度も読んでだいたい覚え、簡単な箇条書きにしたメモを使う人が多いです。私もそうしようと思っていたのですが、この日のために何度も何度も練習したので(車の中とか、ウォーキングしながら)、結局全部暗記してしまいました。

ついに夕方の儀式がはじまり、名前を呼ばれて舞台にあがって、Torah(トーラー、ユダヤ教の聖典。羊の皮でできた紙にインクで手書きで教義が書かれている。大人が両手でやっと抱きかかえられるくらい大きい)を抱えながら神様をたたえるお祈りをヘブライ語で唱えます。

次にRabbiが「ユダヤ教を自分の宗教として一生信じますか?」というような質問をいくつかして、それに「Yes」と答えます。これは、ちょうど結婚式のときに「一生この男性を伴りょにしますか?」と聞かれて「はい」と答えるのにちょっと似ています。

そのあと私が旧約聖書の一部を読み上げて誓いの言葉とし、続けてスピーチをします。

スピーチが終わりかけたころ、私は観客席のあちこちに泣いている人がいるのに気がつきました。

ユダヤ教徒は布教活動をまったくせず、そこがキリスト教との大きな違いなのですが、それでも、たくさんの試練を乗り越えてユダヤ教徒になろうとする人がいる。ホロコーストで激減してしまったユダヤ教徒の人口が、また一人増える。改宗の儀式を見る人々はそのことにとても心を打たれるのです。

その瞬間、スピーチの緊張が感動にとって変わりました。観客席を見渡すたび、涙ぐんでいる人、優しくほほ笑みながらうなずく人たちの表情が目に入ります。スピーチを終えて席に戻ろうとする私を、人々の「Mazel Tov!(おめでとう!)」という言葉が包み、最後に夫がハグで迎えてくれました。拍手とお祝いの歌。

2年半前に改宗を始めたときは、最後の儀式がこんなに感動的なものであることは知りませんでした。あくまで形式的なものかと思っていたのですが、実際は大勢の人が関わり、新しいコミュニティに自分が受け入れられたということを心から実感できる儀式でした。

「ユダヤ人」という言葉は日本語ではまるでひとつの人種や民族をあらわす言葉のように誤解されがちですが、英語では「Jewish」で、「ユダヤ人」「ユダヤ教徒」両方の意味があります。

私個人にとっては、ユダヤ人であるということは、アメリカに何年住んでも、いつか市民権を取得しても、日本人であり続けることと同じ感覚です。

ここアメリカで誰に強制されるわけでもないのに、お正月になったら材料をそろえてお雑煮を作ったり、節分になったら豆まきをしたり、夏には浴衣を着てお祭りに行くように、遠い昔、自分の国を追われて海外に散らばったユダヤ人の末裔の一人として、これからもユダヤ教の行事に参加し、娘には日本と、ユダヤ教と、アメリカの文化を伝えていくことでしょう。

多種多様なアイデンティティが集まるこのアメリカにやってきて、夫とユダヤ教に出会えた運命に、私はとても感謝しています。 

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5 comments on “Conversion(改宗) : 後半”

  1. 素晴らしい体験ですね!改宗おめでとうございます。

    >私個人にとっては、ユダヤ人であるということは、アメリカに何年住んでも、いつか市民権を取得しても、日本人であり続けることと同じ感覚です。

    この感覚、私もわかります。
    アメリカに来た当初は、がんばって英語を話せるようになりたい、アメリカ人の中でも対等にやっていきたい!と思うばかりで、「自分が日本人であること」に目を向けていなかった気がします。
    アメリカ生活も長くなり、自分が日本人であることに周りに気づかされ、そしてそれを誇りに思うことが増えました。
    市民になってからも、私はアメリカで生まれ育つであろう自分の子供たちとは違い、日本から来たアメリカ市民であることを常に意識し、それを自分自身のスパイスとして楽しもうと思いました。

    日本で生まれ育ったことで、シンプルだった自分は色々な文化や人を受け入れることができる。自分の意思で選ぶことができる。もちろん日本独特のものも持ち続ける。
    そういう柔軟性が日本人の強みなんじゃないかなと最近思います。

    これだけの試練(?)を乗り越えての改宗ですから、旦那さんもご家族も嬉しいでしょうね。本当におめでとうございます。Mazel Tov!

  2. Tamamiさん、改めておめでとうございます。感動的な体験ですね、それも美しい海で。Sex in the City(見てました)でのユダヤ教がらみのエピソードでは知りえなかった試験やスピーチなどなかなかいまどきのアメリカでこんなに伝統をまもって儀式やしきたりを続けているユダヤ教徒に尊敬の念を感じました。そして改宗してもやはり日本人の文化も大切にし、娘さんには両方の文化を伝えたいというスタンスにも賛成です。Mazel Tov!

  3. Erinaさん、改宗にあたって、決して日本人としての部分を捨てて新しい人種になるんじゃなくて、統合していくという考え方が受け入れられたことがとてもうれしかったです。このように多様性を加えてくれる私が、ユダヤ教にとってのアセットであると言ってもらえて・・・
    日本文化とユダヤ教って本当に不思議な共通点がたくさんあるんですよ。いつか記事にも書きたいと思います。

  4. Mikaさん、SATCのシャーロットは数エピソードのうちに改宗していましたねー。授業風景が数度、最後の儀式が一度出てきただけで・・・実際には2年、3年かかるのが普通なのですが。でもあのドラマのおかげで日本人の友達にもすごく説明しやすくなって感謝してます(笑)
    改宗体験を読んでいただきありがとうございました。

  5. はじめてコメントさせていただきます
    今更ながら改宗おめでとうございます
    もし海じゃなくてmikvahに入ってたら証人もそこにいるのですか?
    mikvahの前にはどんな事をするんですか?

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