新移民 in Arizona(1)

初めまして、Junです。本当はJunkoですが、まず100%「ジャンコ」と呼ばれるし、「ジュン」ならすぐ覚えて貰えるので、それで通しています。職業はグラフィック&ウェブデザイナーで、以前働いていた東京の某会社の仕事をインターネットでやりとりしながら、細々と続けています。あとはフリーでたまに仕事を請け負っています。

私は2010年に主人と結婚した事により一度渡米し、2012年秋まで、アリゾナ州スコッツデールに住んでいました。その後、彼の仕事により、イスタンブール(トルコ)、香港と流れ流れて、この度晴れてグリーンカードを取得し、2015年3月末に香港からアリゾナに戻って来ました。

当面の間は、私のホッケー仲間であるアメリカ人友人宅にて居候生活。主人は日本人ですが、10年以上英語で仕事をしているのと、小さい頃からネイティブのスパルタ英会話教室に通っていたおかげで、発音も良くてペラペラ。対して私は、2010年に渡米するまではほぼ出来ず。未だに何か言ったら聞き返される事多々ですが、優しい友人達に色々なスラングを教えて貰いつつ、亀の歩みですが少しずつ上達はしているかなという感じです。

今回は、まずアメリカ人家庭でのホームステイについて述べたいと思います。

日本人と最も違うな、というのは、とにかく大らかというか大雑把というか、小さい事は全然気にしないところ。私も大概大雑把ですが、彼らはそれ以上。冷蔵庫でカビの生えたレフトオーバー(残り物)があってもそのままなので、気がつくと捨てます。バスルームのマットにも犬の毛がビッシリついていても気にならない様子なので、真っ先に洗濯。まな板も全然洗わずに、ピザのチーズがこびりついている上で肉を切ったり野菜を切ったり。勿論私が毎回洗います。

日本人家庭では、「冷蔵庫を開ける時は許可を得て」など、色々とキッチンに対するその家独自のルールが厳しい事が多いですが、アメリカ人はそういう小さい事は全然気にしません。むしろ冷蔵庫は「好きに開けて好きに食べて!」状態。ここらへんは私もそうなので、非常に有り難いです。そもそも、数ヶ月もの間「いいわよ、落ち着くまで居て」なんて二つ返事で言ってくれるのも、日本人家庭では珍しい事でしょう。

アリゾナの家は基本的に大きめで、中でも彼らは2,000Sqf以上の4ベッドルームという大きな家に住んでいるので余裕もあるのですが、誰かが同居する事に対して別段気を遣う事もありません(基本放置)。でも飲みに行く時や外食に行く時は声をかけてくれるし(行こうが断ろうが全然気にしない)、同じ趣味なので一緒に出かける等、楽しく過ごしています。日本だとどうしてもお互い気を遣いすぎて気疲れしてしまう事が多いように感じますが、そういう気疲れがないのはアメリカ人家庭でのステイの利点だと感じます。当然感謝はしているので、アルコール類の補充(笑)、掃除や洗い物などは率先して行っています。

アメリカ人家庭は、夜がとっても早いです。出勤時間が早いせいなのか、基本的に22時を過ぎると皆ベッドへ向かいます。朝7時半前には友人夫妻も仕事に出かけ、息子君も学校に行くので誰も居ません。私は宵っ張りなので、主人と2人、リビングルームでラップトップを広げて仕事をしたり、ワインを飲んだりして過ごしています。しかし早朝から息子君がたたき起こされる声で目覚める事もあります(笑)。

休日はどこかへ出かけるか、そうでなければ家でカウチポテト、というのが一般的なようです。ここにはドでかいテレビと見事なサラウンドシステムがあり、さながら映画館のように映画が楽しめます。私のために、英語字幕も出してくれるのですが、まだ理解するのは難しい映画が多いです。そして休日の夜は、パティオでBBQする事も多々あります。BBQは男性の仕事のようです(笑)

5月頭には、Tombstoneまで一緒にハーレーに乗って行かない?と誘われて、初のバイクツーリングも体験させて貰いました。友人夫妻は一人一台、私は友人のご主人のハーレーの後ろに乗せて貰って、計8人で行ったのですが、あんなに尻が痛くなるとは知りませんでした。アメリカのツーリングは、途中バーに寄ってビールで喉を潤して次のバーへ、というシステムらしく、バーに寄る度に沢山のバイカーが集う事集う事。「飲酒運転じゃん!」と心でツッコミつつも、まぁ、そういう文化なんだろうと納得…。飲みながら移動のせいで、5時間半くらいかかりました。

アリゾナ

このおじさん一人では店が回っていなかったので、お客が勝手に手伝っています(笑)

Tombstoneは西部劇の舞台として有名な町で、今はその時の町並みを再現して、観光客を呼び込んでいます。本当に自分が西部劇の舞台にトリップしたような気分になれます。途中あれだけバーに寄ったのに、ここでもバーをはしごしまくり、結局1日で9軒のバーを巡りました。どのバーでも生バンドが演奏していて、西部劇に出て来そうなレトロな格好のバーテンダーや、町を歩いているとカウボーイハットを被った人なども歩いていて、とても楽しい町でした。商業化されすぎている部分は無きにしも非ずですが。

アリゾナ

いわゆる「OK牧場の決闘」の舞台になった、O.K. CORRAL。

翌日は、メキシコとの国境までハーレーで向かい、初めて国境を見ました。茶色の2重フェンスが延々と連なり、このフェンスの向こうはメキシコなのかと思うと、不思議な気持ちに。国境すぐ横のNacoという場所にあるバーでまた飲み、こんな過疎地でもこうやってバーを営み、住んでいる人達も居るんだな、と、何となく感慨深い思いに。バーテンダーの女性は、英語だけでなくスペイン語もペラペラでした。

アリゾナ

国境の建物。

アリゾナ

Naco唯一のバー。

5月頭といえども、アリゾナは既に暑く、日中強い日差しに照らされながらバイクに乗るのは結構厳しいものがありましたが、アリゾナとメキシコ、そしてカリフォルニアの一部にしかないサワロサボテンの原生を見ながらハーレーで駆け抜けていくというのは、非常に心地良かったです。尻は日に日に痛くなり、帰りはもう本当にとんでもなく痛かったですが…。

最後に、Tombstoneにまつわる英語の言い回しを一つ。バーでかなりのバイカーが、Tombstone Tシャツを着ていたのですが、後ろには「I’m your huckleberry.」と書いてありました。Huckleberryって、木の実じゃなくて?それともトム・ソーヤのハックルベリーフィン?と色々考え、「どういう意味?」と友人に訊きました。すると彼女は、「Junは映画Tombstoneを観た事はある?」と言い、「ううん、ない(つーか映画になっとんかぃ)」と答えると、「判った、フェニックスに戻ったらその映画を観よう、そうしたら判るわ」と言われました。そして実際に戻って観てみて、意味が判りました。「俺こそがお前が探している男だ」という意味です。映画では若干脅し文句的な感じも受けました。これは英語に堪能な主人でも知らなかった言い回しで、この映画を観ないと判らないというのは確かにあります。

映画についての詳細は、こちらのWikiをごらんください。

トゥームストーン_(映画)

これから先も、自分が身を以て体験し覚えた色々な事をぼちぼちと書いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。 

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2 comments on “新移民 in Arizona(1)”

  1. ふと、思ったのですが、グリーンカードのスポンサーは就業先でしたか?
    突然にすみません

  2. Tomさん、コメントありがとうございます。
    我々は、永住権クジ当選です。しかも2年連続当選…(DV2014はカットアウトを喰らい終了でした)

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