続「行ってから踏ん張んべ」(6)
アイダホ州「Twin Falls」到着翌日。
ひそひそ、ひそひそ…
天井越しに響いてくる話し声に起こされる。
運転の疲れからバタンキューした前夜の記憶はすでに遠く、長距離移動独特の「今までのことがすべて夢みたい」な感覚に襲われる。
まだ見慣れない地下の自室を出て、シャワーを浴び、地階の台所へ向かう。
大柄な大家さんのおばちゃんとJ.C.が、立ち話に花を咲かせている。
J「あれが、Tatだよ。」
大「へい、タツヤ?Tat?」
J「発音が難しいから、昨日『Tat』て呼ぶようにした。」
ガシっと痛いほどの握手を交わすと、即色々な書類を手渡される。
「こことここにサインして、こことここにイニシャル。そんでもって…」
一通りの手続きが済み、合鍵を渡されたところで周りを見回すと、J.C.は手を振りながら玄関先に向かっている。
「買い物あるから、またね。」
最初の家賃の小切手を大家さんに渡したところで、彼女もサッサとその場を立ち去る。
「なんかあったら電話して。」
時間は昼前。
さて、どうしよ。
ふむ。
とりあえず暇潰しも含めて、まだ足を踏み入れていない大学に向かうことに。
どうせ、「Taylor Building」とやらに行って、留学生アドバイザーに挨拶をしなくてはいけないらしいし。とりあえず、パスポート、I-20などなど関連書類を手に、テクテクと学校へ。
アイダホ州の南に位置する「Twin Falls」は、ネバダ州との境目から車で約15分程度。「一面の緑」というより、「ほとんどが砂漠」という土地で、とにかく乾燥している。
ただ、その反面、真夏とはいえ、日陰に入ると涼しいし、夜には冷ッとする気候。
滞在先の家の玄関を出ると、徒歩10分足らず。大学の駐車場から振り返ると家が見える距離。
気持ち良いものだ、とか思いながら、駐車場(写真左下)を横切って、たまたま入ってしまった建物。実は「Fine Arts Building」といって、芸術系の授業が行われる建物。
Courtesy of College of Southern Idaho
廊下を通ると、夏休みでも地元の高校生などがレッスンを受けてるらしく、ピアノやら歌やら管楽器が遠くに鳴っている。
「こんな田舎でもアメリカ。やっぱ盛んなんだな。」
そんなことを思いながら、ガラス越しに音楽室内を伺いつつ、廊下を進む。
「…あ。」
音楽室の一つに放置されているドラムセットを発見。
「…う。」
鍵がかかってるな。
しかもスティックすら持参してないが、少し触りたい。
ふむ。
「どうかした?」
音楽室のドア付近でほんの少しウロウロしている自分に、廊下の向こうから声がかかる。
声の先を見ると、こちらにテクテク歩いてくる小柄で小奇麗な格好のジェントルマン(当日は普通のスーツ姿)。
jazztimes.com/images/content/articles/0004/7289/jim_mair_span9.jpg?1241461908″ width=”504″ height=”331″ class=”alignnone” />Courtesy of Jazz Times
「いや、ドラムをちょっと叩きたくて…」
申し訳なさそうに言うと、ニコッと笑顔で彼は音楽室前のオフィスに入りガサゴソし出す。
突然、ひょこッと顔だけを覗かせて、握手してくる。
「Jim. You?」
「Tat. Thank you.」
「はいよ。30分間くらいしたら戻ってくるから、それまで好きに叩いて良いよ。」
簡単な挨拶後、スティックを僕に手渡しながら鍵をあけて、またまたスタスタと別方向に向かう彼。
久々にガシガシとドラムを叩ける幸せ、「(日本のように)スタジオレンタル代を払わずに好き放題に叩ける」幸せをヒシヒシと感じながら、しばし目を閉じて独りの時間を楽しむ。
約10分後。
目を開けると、今度は別のジェントルマンがニコニコと立っている。
Courtesy of College of Southern Idaho
「こんにちは。ジェフです。」
普通に流暢な日本語で話しかけられる。
「あ、どうも初めまして。タツヤです。」
こちらも普通に日本語で応える。
「なんか日本人ぽいな、と思ったんですよ。」
1995年夏。この二人との出会いを境に、僕のアメリカ生活は大きく前進するのでした。