内部告発の真意
ロサンジェルス近郊を揺るがした一週間が過ぎ、事件は衝撃的な結末を迎えました。
(事件の流れはこちらの記事で)
2月3日から始まった警官を含めた殺人事件で指名手配されていた、元LAPD(ロサンジェルス市警)警官のクリストファー・ドーナー(33歳)は、LAから東へ100キロほど離れたスキーリゾート、ビッグベアマウンテンを自分の最後の場所に選びました。
警察たちとの銃撃戦の末、立てこもっていた山小屋に火がつけられ、全焼した山小屋から焼死体が見つかりました。警察によって、この遺体がドーナーであることが確認されました。
事件が収束に向かうように見える中で、私はドーナーのマニフェスト中のある文章が気になってたまりません。
今回は、ドーナーの真意、そして事件関係者たちが、これから長く経験するだろう本当の「恐怖」というものを書いてみようと思います。
2月12日火曜日、事件は終結へと加速していきました。
ビッグベアでカージャック通報があり、ドーナー容疑者に似ている男性がある山小屋に立てこもりました。
そのニュースを運良く仕入れたCBS局のアナウンサーたちは、対象となる警察たちの動きをカメラと音声に捉えました。
数百発はあるだろう銃声。
そして警察関係者による、ある言葉。
その後、山小屋から出火。数時間で火は山小屋を包み、全焼しました。見つかった焼死体がドーナーであることが確認されました。
私がここで書きとめておきたいのは、火をつけたのが警察であろうとドーナー自身であろうと、それが核心ではないということ。メディアがどれだけ叩いても、警察が「やってない」と言えばそれ以上の調査は絶対に起こりません。
じゃあどこで核心がわかるか?
彼らは「最後まで火を消さなかった」。
山小屋が全焼するまで、見ていた。つまり、ドーナーを生きたまま逮捕するという選択肢は、もともと存在していなかったのです。
アメリカ警察が、”Cop killer”(警官殺し)に対して容赦しないというのは、一般的に知られています。もしドーナーが降伏して、両手を挙げて山小屋から出てきたとしても、きっと「誰か」に撃たれて死んでいたでしょう。
「ブラザー」と呼び合うアメリカ警官たちの絆は、それほどまでに強いもの。
ドーナー自身もそれは痛いほど理解していたはずだし、警察という権威を相手にする以上、絶対に生き残ることはできないという覚悟があったはずです。そして、「見つかれば終わり」であることも。
しかし、彼の肉体がこの世からなくなってしまったことで、事件が解決するとは私は思えません。
彼の真意は、おそらく、LAPDの闇よりも深いところにあるからです。
彼のマニフェストの中に、こんな文章があります。
Suppressing the truth will leave to deadly consequences for you and your family. There will be an element of surprise where you work, live, eat, and sleep.
真実の隠蔽は、あなたと家族の死を招く。働いているときも、生活しているときも、食べているときも、寝ているときも、何らかの「サプライズ」があるだろう。
(中略)
You may have the resources and manpower but you are reactive and predictable in your op plans and TTP’s. I have the strength and benefits of being unpredictable, unconventional, and unforgiving.
あなたたちには道具も人材もあるかもしれない。しかし、捜査とTTP(Tactics, Technique, and Procedure: 警察の行動指標)は受け身で予測可能である。私には予測不可能で型にはまらない、そして容赦ない襲撃ができるという強さがある。
この文章を読むと、ドーナーの恐怖が「目に見えるもの」とは限らないように感じます。
すでにこのマニフェストと一連の事件、そして関連事件によって、LAPDは社会から立派な「汚名」を着せられ、事件関係者はドーナーの影に怯える生活を送ることでしょう。
関連事件として、2月7日の現LAPD警官による発砲事件があります。
CBS News: Christopher Dorner Manhunt: Two innocent women shot by LAPD officers had no warning
ドーナーのマニフェストが公になり、警戒が強まった2月7日の木曜日の早朝。LA近くのトーランスという町で、ドーナー容疑者の車と勘違いした警官が、女性2人の乗ったピックアップトラックに向けて発砲しました。それも停車指示や発砲警告も何もなく、突然の銃撃。
ピックアップのテールゲート(後方)には、1, 2発ではなく数10発の銃弾が生々しく残っています。普通はタイヤを狙うんじゃないの?と思うのですが、後ろの窓の部分(頭部)まで銃弾が残ってます。
この女性2人は新聞配達の最中で、全くの無実。
幸運にも彼女たちに怪我はありませんでしたが、この警官による発砲は物議を醸しています。
「警告もなしで一般市民に発砲するなんてありえない!」
「ドーナーの車種やライセンスとマッチしていないのに照合もしないのか?」
「無抵抗の相手に、こんなに撃つ必要があったのか?」
この発砲事件で、LAPDの「汚名」はますます拭い去れないものになりました。
マニフェストの中でターゲットになっていたある警官が、攻撃を恐れて、自宅から一歩も出ていないというニュースもありました。
Huffington Post: Capt. Phil Tingirides, Named in Christopher Dorner’s Manifest, Hasn’t Left House
フィル・ティンギライデス(職位:キャプテン)は、ドーナー解雇の際、彼から警察バッジを剥奪した張本人で、ドーナーの挑発を「深刻に」受け止めているそう。
キャプテンともあろう人間が、インターネット上の犯行声明分に対してこれだけ怯えたという事実は、LAPD内部の闇がいかにあやういかを教えてくれます。
ドーナーの解雇や過去のスキャンダルに関係している人々の心には「罪悪感」があり、その上に成り立っている組織は脆弱である。ドーナーはそこにつけこみ、賭けたのではないでしょうか。
自分がこの世からいなくなっても、社会はこの事件を忘れることはない。
自分の肉体がなくなろうとも、言葉は残っていく。
そして何より、LAPDの汚名は消えることはない。彼自身のそれと同じように。
大学で政治学と心理学を専攻した彼が、自分の行動が、関係者に、そして社会にどう受け止められるか、考えなかったはずはありません。
「警官殺し」という汚名を着せられて命を落としても、それ以上の何かが残る。ドーナーはそれを確信していたのかもしれません。
Facebookにはクリストファー・ドーナーのファンページが複数立ち上げられ、ファン数が10,000を超えるものもあります。ウェブサイトも立ち上げられ、関連したニュースや警察に不都合な音声などがアップロードされています。
ビッグベアでドーナーにカージャックされたという夫婦は、事件後に記者会見を開き、ドーナーの対応が恐ろしいものではなかったこと、彼がきちんと「人間」を 見る人であったことを報告しました。
「ここ数日、ずっと見ていたんだ。あなた(旦那さん)は毎日、雪かきをしていた。働き者だと思ったよ。」とドーナーは言ったそうです。
LAPDが何より怖いもの。
それは「信頼」を失うこと。
それは目に見えない、お金で買えないもの。人間と時間がゆっくりと育てるものです。
ニュースのインタビューに答えたあるサンディエゴの住民が言います。
“Things are going to change. It will never be the same. People will always have that in the back of their mind and, yeah, security will go up. But it’s what’s happening in our world right now,”
「物事は変わっていくはずです。もう同じではいられない。人々はこのこと(一連の事件)を頭のどこかで考えている。セキュリティ意識は高まるだろうし。でも、それは世界中で起こっていることだから。」
誠意と正義を持って築いてきたドーナーの人生が、曲がった権威の前で、どのように社会に受け止められるのか。
メディア、人権運動団体、Annonymousなどのハックグループ、政治家、そして一般市民が、LAPDの動きにどのように反応していくのか、みものです。