続「行ってから踏ん張んべ」(12)

音楽教授達に言われるがままに決めた、音楽教育専攻(”Music Education” major)。

基本的な内容は、「公共の学校機関で音楽の先生になる(要教員免許)」というもの。

楽典(理論)やピアノはもちろん、楽器または歌をやらされる。

楽器演奏が中心の専攻の場合、歌は「合唱(Choir)」に参加する程度。歌が中心な場合、楽器は「軽くさらう」程度となる。もちろん両方ともピアノは必須。

流れで、「打楽器」中心となったが、これはドラムセットの他、木琴(マリンバ、ザイラフォン)、鉄琴(ヴィブラフォン)、ティンパニ、大太鼓小太鼓、コンガ・ボンゴ等南米の打楽器などなどが含まれ、かなり広範囲。

「ドラムセットばっか叩いていた」中学の時に、「やめちまえ!」と顧問・渡辺清に言われ中2で退部した上郷中学校吹奏楽部以外、クラシックの素養らしいものは皆無に等しい。

どうも取っ掛かりがよく分からない。

大学で奨学金を貰う場合、「成績の平均を保たなくてはいけない」「この教科を取らなくてはいけない」「このアンサンブルに参加しなくてはいけない」などなど色々条件があるものだが、その一つ「個人レッスン」を取る。

いざ、レッスンに向かうとジャズ教授・ジムがいる。

ジム自身はサックスの人で打楽器は嗜む程度とのこと。コミュニティカレッジに行くとよくある話らしいが、人員(予算)不足のため、「二足(三足)のわらじ」は当たり前とのこと。

ジャズにクラシックと、意外とツボを得た助言をしてくるのだが、「細かい技術はビデオで学べば良い」と適当な感じ。

ただ、ドラムに関しては、本人のこだわりもあり、物凄い厳しさ。

練習不足または物足りない演奏だと、開始後5分くらいで止められる。

ジ「はい、ダメ、全然ダメ、てか準備できてねぇなら、レッスンしても無意味だし、顔出せば良いってわけでねぇべ」
俺「いや、技術的に無理なんですけど…」
ジ「シャットアップ!じゃかぁしいわぁ!」

ドラムと言うのは、一般的に「テンポを保つ」という役割を担うものだが、少しでも遅くなったり速くなったりすると、ジムから消しゴムやら鉛筆やらがポンポン投げ込まれてたもの。
(実際、演奏者は楽器に関わらず全員テンポを保てなければいけないものですが)

ドラムセットばかりでは「打楽器専攻」の課程を網羅できないため、もちろんその他打楽器をやらされる。

ジ「鉄琴やれって、鉄琴。ジャズでも使えるし、ほら」

パサっと投げ渡された楽譜は、どちらも楽譜が真っ黒。音符だらけだし、テンポが速い。
Flight of Bumblebee
Donna Lee
共に12月頃までに形にしなくてはいけないと言う。

俺「んなん無理だってば…」
ジ「やる前から『無理』言うな」
俺「…確かに」

打楽器専攻への道は長く険しい。

そして毎日午後最初の授業は合唱。

趣味で参加している生徒もいれば、歌専攻もいる。合計50人程度の編成で、男女の比率は約4:6。

パート練習などの課外活動を含めると、お互い接する時間が長いため、皆和気あいあいな雰囲気。

ピアノ相手に軽く音程を取らされると、「う~ん、テノールとベースの間かね」と。

授業中、常に隣に立つマイケルと少し仲良くなると、彼の友達がクラスの後に軽く話しかけてくるようになる。

「ハイ、名前は?」
「Tatって、どこから来たの?」
「音楽専攻?楽器は何?」
「今度の金曜夜、パーティやるから来なよ」
「この前、ドラム叩いてるところ、見たよ」
「ジムが『面白い奴が入ってきた』て言ってたけど、タツヤね」

これこれこれこれ!

この、留学生とかそうじゃないとか関係無く「アメリカ人と馴染んでる感じ」が欲しかったのよ。

その嬉しさの勢いのまま、その日の夕方も楽器練習に向かう。

(実際ジムが恐かったのもアリ)長い時は、深夜・早朝まで居残りし、一日8時間とか練習していた当時。

ドラムを叩き、鉄琴を叩き、ピアノを触り、飽きるとアンプに繋いでガンガンにベースなりギターなりを弾き散らかす。

日本では、練習スタジオのレンタルで一時間500-600円(個人練習価格)。高校生の時はなんとかスタジオでバイトしたり工夫して続けていたが、音量を出す練習はほとんどできなかったため、アイダホでの「好きなだけどうぞ」という環境が楽しかった。

通常、夜10時頃には警備員が巡回し戸締りをしていく。数週間が経過すると、彼らとも顔馴染みになる。

「ドアの鍵はかけて行くから。トイレか何かで、部屋の外に出て戻るときに締め出されないようにな」

とある夜、いつものように音楽室で遅くまでガンガンやっていると、ブロンドの可愛い女の子がドアのガラス部分越しにニコニコとこちらを覗き込んでいる。

目が合い、あちらが手を振る。

手を振り返すと、ドアを開けてニコニコと入ってきて、こっちに向かって来る。

「ハイ」
「ハイ」

ドラム椅子から立ち上がり、少し柔軟をする。

「タツヤよね。私、キキ。この建物でいつも書類整理のバイトしてるんだけど、本当に練習ばっかしてるね」
「ジムが厳しいから」

「今度の金曜、良かったら映画でも見ない?」

…は、はい?

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