続「行ってから踏ん張んべ」(9)
アイダホ到着から、学校の手続き、新しい人達との出会い。すべてがバタバタと進み、気が付くと新学期が始まって一週間。
英語準備コースは、所謂ESLの授業と変わらず、何か簡単過ぎて、拍子抜け。少し悲しくなる。
「もっと英語できると思ったんだけどな。」
ま、もっともクラス分けテストの点数が高かったわけでも、高いレベルの英文エッセイを書けるわけでもないので、仕方ないのだが。
ワシントン州にいた頃、周囲は若干年齢層が高い、ベトナム系移民で固められていた。今アイダホ州では、周囲の年齢層が近く、ブラジル人留学生と中国人と韓国人と日本人とその他少々。
でも、なんか「本当に喋れない人がわんさか母国語で話している」というシアトルの雰囲気よりは、皆「英語を勉強したい」という素直な緊張感が漂う。
なんだかんだ、ジムに言われた通り素直に「ドラム・レッスン」にも一単位登録してしまったので、練習しないといけない展開。
緊張しながら、レッスン初日。
ジ「まず、ちょっとブラシやってみせて。」
俺、冷汗。
ジ「次は、速いシンバルレガート。」
俺、もっと冷汗。
「なんだ何にも出来ないのね。」
そう言いたげなジムの表情を見て、若干青ざめながら落ち込む。
ジ「ん~わかった。じゃ、まずこうしよう。」
自分のオフィスから、CDを5枚ほど持ってきて、手渡してきてくれた。
ジ「来週までに全部聴いて。一曲でも一フレーズでも良いから、何か真似してきて。」
俺「イエス。」
ジ「あと、空テープをオフィスのドアに貼っておいて。聴いて欲しい奴、録るから。」
俺「オ~イエス。」
その日の午後。夜のバンド練習に備えて、ドラムパートの楽譜に目を通す。
黒玉の数が多くて、すぐチカチカする。
こんなのいつか読めるようになるんだろうか。
ご飯を食べるのも忘れて、音楽室で宿題と楽譜に埋もれていたら、ふと小腹が空く。
バンド練習前に何か食わんとな。
小走りで自宅に戻り、軽く食事を済ませて、音楽室に戻ると、ベースアンプとベースギターがドラムの横に並んでる。
ん?
でも自分以外に誰もいない音楽室。でも、アンプの電源も入ってるし…
無防備な楽器を目の前にすると、持ち主の許可を得ずに触ってしまうという、昔からの悪い癖が出る。
プクプク弾いているところに、ガチャンとドアが閉まる音がする。
見上げると、小柄でストレートな長髪の少年がニコニコとこっちを見てる。
「ははは、楽しい?それ俺のベースよ。初めまして、エラン(Aaron*)。」
(*アーロンと訳されることが多いですが、カタカナだとこれが一番近いと思います。)
ケースに入ったコントラバスであろう大きさの楽器を肩から下げている。
慌てて楽器をスタンドに戻して、申し訳なさそうに握手をする俺。
「ごめん、思わず手が出て…」
エ「あ、全然気にしないで。」
俺「ありがとう。このバンドのベースなの?」
エ「そうそう、先週ちょっとさぼっちゃったんだけど、ははは。」
なんか陽気で楽しそうな彼。
エ「…で、新しい先生、どう?」
俺「俺も今日が二回目だからよく分からんけど…サックス、凄かったよ。」
エ「へぇ、クール。」
少しすると、他のメンバーが教室に入ってくる。
「へ~い、タツヤ。」
登校初日に会ったジェフもサックスを持って登場。
彼も初日は所用で来れなかったのだとか。
ジェフとエランもハグを交わしてる。あ、やっぱ全員知り合いなのね。
先週いたベースの人や、その他のメンバーも入ってくる。
ほぼ全員が揃ったところで、ジムがカウント開始。
ベースを手に取って隣に構えるエランが軽く弾き始める。
ガンガンと初見をこなし、高速なフレーズをガンガン弾き出す。
全然見たことないレベル。
お前、いったい何歳よ…
後の兄弟分・エランとの出会った頃、彼は15歳。俺は19歳。
もう一つの腐れ縁がここから始まったのでした。