アメリカの銀行で10倍うまく立ち回る方法
「なんだか、静かですね。」
ある金曜の午後。
休暇中のボス・バーバラのデスクに書類を置いた後、レンダー(Lender:”Loan Officer”とも呼ばれる融資担当者)のクリスティのオフィスの前で立ち止まる。
クリスティ:「そうね。ジョンはマークとバーバラと電話会議中。」
私:「バーバラも?彼女、バケーション中でしょ?」
ク:「どうも色々起こってるみたいなの。『あの』ディール(deal: 案件)。」
私:「その3人ってことは、ホテル建設の?」
ク:「そう。融資が必要ないってback out(撤退)しようとしてるみたい。」
私:「えっ! 今になって?」
ク:「そうよ、計画変更だって。ほら、むこうの顧問CPA兼弁護士、覚えてる?彼が、別の計画を持ってきてるみたいなの。」
私:「あの一時間800ドルチャージするっていう弁護士?計画変更ってどういうこと?」
ク:「別の投資物件にあるエクイティを使うって。そんなこと、バーバラが一年以上前に提案してたのよ。今回、ジョンが加わってファイナライズするのに3ヶ月でしょ?こんなにギリギリでビッグディールを失うなんて相当だから、マークも入って3人で戦略会議中。」
バーバラは私のボスで、サンディエゴエリア不動産融資チームのマネジャー。サンディエゴの商用不動産業界ではかなり名の知れたレンダーである。
彼女、昨日から夫婦でナパに旅行中のはずなのに、電話会議か・・・またリゾートホテルの部屋で、一人で仕事してるに違いない。
ジョンは最近、うちのチームに入ったシニア・レンダー。
彼は長い間、アプレイザー(Appraiser:不動産査定士)をしていた。サンディエゴの不動産業界では、彼の名前を知らない人はいないくらいの実績がある。その経験とネットワークをもとに、大きな案件を取りに行くのが仕事。
マークはバーバラのボスで、サンディエゴ~リバーサイドエリアのプレジデント。
私が彼と直接仕事をすることはないけど、とてもフレンドリーな人。朝一番にオフィス入りする日は、自分でコーヒーをセットするらしい。うちのチームの大きな案件には直接関与して、後ろからリードを取る。
今回、バーバラが時間をかけて手に入れようとしてきた大きな融資案件が、クローズ目前で手のひらから逃げようとしているらしい。某有名テーマパークの目の前に、新しいホテル建設の案件だ。融資予定額は約$40ミリオン(日本円で40億円)。
私:「じゃあこのケースって、競争相手がいるネゴシエートじゃないですよね?」
ク:「そう、だから難しいの。競争相手になる銀行がいるなら、うちの利子率はこれで、こういうオプションがあって・・・って競争できるけど、内部での計画変更は、説得しか道はないものね。」
私:「そうですよね・・・。」
ク:「どうなるか、見ものね。」
そう言うクリスティも、不安というよりは興味津々の様子。
インターナルな計画変更による案件撤退は、なかなか説得が難しい。何せ外からどうこう言えることではないからだ。
こんなにギリギリで撤退の可能性が生まれるとは、バーバラにとっても、ジョンにとっても、寝耳に水だったはず。あんなに慎重にディールを進めるバーバラでも、これは予期していなかっただろう。
“We might lose it.” (だめかもしれない。)
そんな感触が生まれた。どんなディールでも、最後の最後まで「絶対」はない。いつかの誰かの小さな言動が、「やっぱりやめよう」につながってしまうかもしれないのだ。
ビジネスの世界は厳しい。
そんなことをまた実感しながら、つい唸ってしまう。
銀行に就職して3年になろうとしている。
まさか自分が、アメリカで銀行員になるとは思ってもいなかった。特にこの業界に興味があったわけでもないし、それどころか、銀行の役割なんてものをきちんと考えたことすらなかった。自分に関係があることといえば、ATMはどこにあるかとか、オーバードラフト(借り越し)しないようにウェブサイトで自分の口座をチェックするくらい。
しかし、実際にこの業界に入ってみて、こんなにも活きたビジネスの勉強ができるこの仕事は、はっきり言ってめちゃめちゃ面白い。
Lending Department(融資課)で、ローンがどうやって組まれるのかを勉強していると、人の動き、心の動き、お金の動きが、ダイナミックに、そして3-Dで見えてくる。
“It’s all about people.”
(ビジネスは、人だよ。)
私のビジネスメンターでもある、ホストファザーのジャックが言っていたのを思い出す。
ボスのバーバラも同じことを言っていた。
“Business is not about anything else, but people. How you live, how you are, and who you are really determine the shape of your business.”
(ビジネスとは、他の何でもなく、『人』なのよ。あなたがどう生きて、どんな人間であるかが、あなたのビジネスを形作る。)
人間のどんなに些細な動きもビジネスに反映されて、時間という肥料を糧に、どんどん成長、または衰退する。そんなことを目の前で見てきた人たちの言葉は力強い。
毎日、お金が動き、人が動く。それはやがて町を作る。
「Bankerっていう仕事も、面白いかもしれない。」
・・・と、「アメリカの銀行で10倍うまく立ち回る方法」を不定期で書いてみようと思います。
このお話はフィクションで、個人名はすべて仮名です。(ってことにしておこう)
僕は事業会社において銀行から資金を調達する仕事をしています。こちら側から銀行を見ると、立場によって色々な人が居ますね。審査の人達は安全第一。客と向き合って案件を組成する人達は、他行と競合しながら顧客の厳しい要求に柔軟に対応し、かつ審査を説得しなければいけないので、気苦労が多そうです。だから、案件をまとめた時の達成感は大きいでしょうね。
@kiyoshi_fujiokaさん、コメントありがとうございます!
そうですか。私も将来的には、事業主側に行きたいなと思いながら、今は銀行で融資の勉強をしています。
銀行の人間はまさにおっしゃる通りで、仕事によって性格というか、視点が違ってきますね。適材適所というか・・・逆かな。
また、銀行によってもポリシーが違って、BDO(Business Development Officerで、日本の営業職に近い)と呼ばれる人たちが「とりあえず数をとってくる!」という銀行もあれば、うちみたいに一人でなんでもやらなきゃいけない銀行は、ある程度のクオリティを見極めてから案件を進めたりします。
マルチプレイヤーとでも言うのでしょうか、やはり広い視野を持ち、冷静で、色々な角度から客観的に物事を見られる人が優秀なバンカーである気がしますね。
アメリカの銀行にも半沢直樹の様な行員がいて、倍返しとか度袈裟だとか言ってると楽しいんですが。。。大和田常務と岸川取締役がした様に、組織ぐるみの不正や隠蔽は起こり得ますか。あのドラマは相当デフォルメされているでしょうが、まあ、こちらではまず思いつかない筋だてでしょう。家族や友達に何度説明しても、全く何が面白いのか分かって貰えません。
>直さん
毎度、コメントありがとうございます。
半沢直樹、面白かったですね~!私もバッチリ見てました。
でも、アメリカでは理解されませんね。あの「自ら悪を斬る!」っていうのは日本ならではなんでしょう。何せ見ながら「こりゃ時代劇だな・・・」って思ってましたから。笑
アメリカでは金融業界で不正があれば、第三者の監査機関が入りますね。大きくなればFBIとかFDIC。
もし有罪だとなれば、重罪扱いで禁錮何十年っていう刑もありえます。リーマン・ショックのときはメガバンクのトップがぞろぞろと逮捕されましたよね。
日本みたいに内々に処理しようとか、土下座でスッキリ!なんてことはありえないです。
もし半沢直樹がアメリカにいたら、効率の悪さと本職の怠惰でクビでしょうね。笑
「自分で不正を暴いてやる!」なんて人がいたら、チームから放り出されると思います。
あのドラマは面白かったけど、日本の独特なビジネス環境が如実に出てました。アメリカの銀行なら、裁量輪転などでの口実を付けることなく、直ぐに半沢を首にするはず。逆に半沢はエシックスホットラインに電話をして、即解雇を逃れようとするはず。アメリカは文書を全てオンライン化するので、疎開資料も無いし、意地悪してページを抜くことも出来ないはず。金融庁検査(SEC)だって必ず銀行側の弁護士を立ち会い、複雑な法的手続きを得ないと、アメリカの役所は銀行にも踏み入れられないはず。近藤さんも恐らくAmerican Disability Actで守られ、回復後同等な職に戻れたはず。まあ、粗探ししてもしょうがないですが。でも土下座をすれば、かなり無理が通ると言うのはいいな。私も今度銀行でローンを断られたら、土下座してみようかな。こっちの銀行ってまず恩情が効かないからな、ローンの却下されると本当に困る。
ツッコミどころはたくさんありましたよね。
私も「これは別世界の話・・・」と思いながら見てました。
日本を離れて12年、これが日本の現実なのか?謎です。
こっちのローン承認までのやりとりって電話とかメールが多いですから、土下座するチャンスすらないですもんね。笑