続「行ってから踏ん張んべ」(7)
思いがけなく日本語の挨拶で始まった、アイダホ州・二日目。
ジェ「ここ(College of Southern Idaho)で英語を教えてます。日本はどこから?」
俺「横浜です。」
ジェ「あ~良いですねぇ。」
俺「あの、なんでそんなに日本語がお上手なんですか?」
縁があって、以前、松山の短大での英語講師職に就くことになり、渡航準備に走り回っていた頃、たまたま知り合った(後に奥様となる)エヴァン。
彼女、実は幼少時、青森・三沢米軍基地の近所の小学校に数年間通ったのだとか。
十数年が経っていたその頃、エヴァンの日本語は若干片言になってしまっているところもあるが、二人とも「日本」というキーワードで知り合い、約一ヶ月後にはあれよあれよと婚約。
結局、日本で結婚式を挙げてしまった、勢い満々のカップル。
そんな雑談の途中、ジェフがふと話を戻す。
「実はさ、サックスを吹いてるんだけど、ジャズが本当に好きで。で、タツヤと同じように、今学期から新しく入ってきたジャズの先生がいるって聞いたから、挨拶しに来たのよね。」
あ、さっきスティック貸してくれた人かな。
ジェフが続ける。
「9月16日の土曜夜、お店で演奏するんだけど、ちょうど今まで演ってたドラムがいなくなっちゃってさ。野外だけど、もし良かったら、演奏しない?」
…
…はい?
当時レッチリ(又はポリス)命だった小生。ジャズは好きで聴くには聴いていたが、お世辞にも叩けるというレベルでは…
「みんな、ただ楽しくやるだけだから、あんま細かいこと気にしないで良いんだけど?」
…え~と、う~んと。
…え~と。
じゃぁ、はい。
初日から思わずギグをゲット。
す、すごい。
こんなに簡単に話が来るものなのか。
さ、さすがアメリカ。
てか、本当に叩けないのに受けてしまって良い話なのだろうか。
壁の時計を見ると、もう結構な時間が経過していることに気付く。
ふと、ドアの方に目をやると、先ほどスティックを貸してくれたジムがガラス越しに室内をニヤニヤと覗いてる。
カチャっとドアを開けて入ってきたところで、ジェフとジムは「へ~い」と固く握手を交わして、何やら会話が始まった。
あ、ジムが新任のジャズの先生なのね。
俺「あの、留学生のアドバイザーに挨拶してこなきゃいけないので、また。」
ジェ「あ、じゃ、またね。」
こっち側に軽く手を振る二人を後に、早々その場を立ち去る俺。
この「Fine Arts Building」内の廊下を抜けて、建物から出ると真向かいにある、「Taylor」という建物。
入ろうとしたその瞬間、後ろから全速力で走ってくるジムに気付く。
俺「ハローアゲイン。」
ジ「(少々息を切らしながら)ジェフから聞いたんだけど…ハァハァ…ドラム、結構叩けるんだって?」
俺「いやぁ、そんな叩けるなんてほどでは…」
ジ「ジェフがドアの外で聞いてたら結構叩けてたから、早速雇ったって言ってたけど?」
俺「…あ、あの話ってギャラが発生すんの?」
ジ「とりあえずさ、明晩、さっきの部屋でジャズバンドのオーディションやるから、軽く音出しに来てよ。」
俺「え~と、楽譜読めないんですけど…」
ジ「教えたげるから、練習すりゃそんなのどうにでもなるよ。ちなみに専攻は?」
俺「まだ決めてない。とりあえず英語が上手くなりたいだけだから…」
ジ「あ、なに、留学生なの?どこ出身?」
俺「日本。」
ジ「英語、全然喋れんじゃん。」
しばし、感動。
ジ「全然アクセントないから、アメリカ人かと思った。」
しばし、もっと感動。
もっと言ってくれ。
ジ「ま、とりあえず、都合良かったら、明日の夜七時から集まってるから、よろしく。」
俺「分かりました。」
その日の家路、ふと思う。
やべぇ、スティックを買いに行かなきゃ。