続「行ってから踏ん張んべ」(8)
アメリカの四年制大学・短大では、専攻に関わらず、通常「必修」の英語クラスがある。通常「English 101/102」「English Composition 1/2」のような名前。
「入学許可」が下りていても、ACT、SATの英語スコアが学校ごとの合格点に達している場合を除き、アメリカ人学生・留学生に関わらず、「英語のクラス分けテスト(placement test)」を受けさせられるのが流れ。
ほとんどの場合、テーマを与えられて書く小論文形式のこのテスト。会話は何となく形になってきた気がするが、小論文を書くにはまだ程遠い。結果は、もちろん撃沈。
若干田舎に位置する、ここ「College of Southern Idaho」。
当時、短大としては、正式に(外国人が外国語として英語を学ぶという意味の)「ESL」のクラスを設けていなかったが、「English 101」の下にある全5段階に分かれた英語の補修クラスを終わらせなくはいけない羽目に。
もちろんESLではないので、意外とアメリカ人生徒もいるとのこと。
「ん?ちょっと待て。てことは、『English 101』に辿り着くまでに2年半?」
困った。
「そんなに時間はかけられん。」
自己都合をブツブツと言っても仕方ないが、少し困った様子で受付口付近をウロウロしていると…
「Have you been helped?」
いかにも「先生」という見た目の、優しそうなジェントルマンが声を掛けてくれた。
「Hi, I’m Brent. What’s your name?」
拙いが、何となく状況を話してみる。
「ふむ。どれどれ…」
受付のおばさんとゴニョゴニョ話して、俺が提出した小論文に軽く目を通し出した。
少しするとニコニコとこちらに向かってくる。
「テスト見せてもらったけど、荒削りな割に、文法はしっかりしてるから、上から二番目に移しておくね。」
はい?そんな適当なものなの?
さ、さすがアメリカ。まさに以前リンに言われた通り、言った者勝ち。
そんなこんなで、新学期の準備は完了。
さて、今晩は例のジャズ教授・ジムから言われていたジャズバンドとの初顔合わせ。
小論文の準備は何をして良いか分からなかったが、このジャズの話も一体どんな準備をすれば良いのか、さっぱり分からん。
緊張しながら、午後は自室の練習台をパカポコ叩きながら過ごす。
予定は7時だから、6時半には現地に着けるように家を出たが、音楽室には誰もいない。
さすがアメリカ。
そうこうしていると、教授ジムがスタスタと現れる。
「Ready to roll, Tatsuya?」
「準備なんかできてねぇって…ん?本名で呼んでる?」
頭の中で独り言を言い、苦笑しながら何も答えずにいると、どんどんとメンバーが部屋に入ってくる。
四年制の「1~2年次を比較的安く勉強できる」短大という特徴とは別に、まさに名前の通り、地域の人が職業訓練を受けたり、様々な行事に参加できるという機能を持っている「コミュニティカレッジ」。
所謂「学生」よりも上の世代の行き来が多いのも特徴。今回のように音楽の合奏のクラスだと、ほとんがオジちゃんオバちゃんであっても不思議な光景ではない。
Twin Fall内外の音楽の先生が趣味として参加している、CSIのジャズバンド。
見渡すと、自分以外は3人しか学生がいない(何となく服装で判断)。
ジムが、一通り楽譜を配り終えると、一言。
「All right, cats. Let’s do this.」
なんでキャッツなんだろ、とか首をひねりながら、自分の他にいるドラマー2名と自己紹介を交わし、彼らの後ろに控える。先に叩く彼らの肩越しに楽譜を覗き込む。
楽譜の初見。
今でも本当に苦手なほうだが、当時はまったく読めない状態。ましてはジャズの楽譜は手書きのものが多いため、まずは汚くて解読ができない。
(以下、参照)
Photo courtesy of Sheetmusicplus.com
途中、ジムもサックスを持ち、ガンガン吹きまくる。圧巻。
「じゃ…、次はタツヤ。」
指名され着座したは良いが、物凄い緊張状態。
ジムが、少し含み笑いしながら指をパチパチ鳴らし、曲名とその速度を知らせる。
(以下、実際に初見させられた曲。実は高校時代にVHSで見ていた超有名な方のお手本)
まず、一般的な「チーチッキチーチッキ」というシンバルのパターンが速過ぎて叩けない。
開始5秒後、ジムがバンドを止める。
「何やってんだ。も、一回。」
再度曲のカウントダウンが「ワン、ツー…」と容赦なく始まる。
さっきよりも心なしか速くね?
「…スリー、フォーッ!」
…手も足も出ずに、再度撃沈。
約2時間の通し練習後、諸々を片付けながら周囲は皆さん「夏休み、どうだったのよ」という友達同士の(英)会話が始まる。
ふと、年代に差はあれど、アメリカ人数十人と同じ教室内に立ち、どんどん自分に声を掛けてくれる人達に囲まれている自分に気付く。
「へい、タツヤ。」
ジムがこちらに手を振っている。
ジ「どうだった?楽しかった?」
俺「いやぁ、難し過ぎて何もできなかった。」
ジ「練習すりゃ良いって。」
俺「いやぁ…」
ジ「それから、今学期、ドラムのレッスンに登録しておくように。全部教えてあげるから。」
俺「え、ドラムも叩くの?」
ジ「いや、叩けないけど、どうやったら他の楽器の人に好かれるか教えてあげる。」
俺「あ、そうなんだ。」
ジ「じゃ、来週の同じ時間にまたバンドの練習も来いよ。な?」
俺「いやぁ、はぁ…」
こうして恩師ジム・メアーとの格闘が始まるのであった。