Conversion (改宗):前編

先週の金曜日、私は2年半に渡るユダヤ教への改宗手続きをやっと終えて、最後の改宗儀式を行いました。

改宗そのものはアメリカ生活と直接関係ないのですが、なぜこの経験についてこのブログに記録しておきたいかをまず説明します。

できるだけ多くの人に理解してほしいと思っているのが、「ユダヤ教徒」と一言で言っても、宗派によってまるで違う宗教のように教義も人々の生活も異なる、ということです。

NYに住んでいる人なら、一部の地域で黒づくめの服装で大量のひげ、もみあげがクルクルとカールしている独特の姿をしたユダヤ教徒の集団をみかけたことがあるかもしれません。彼らは「Orthodox(正統派)」と呼ばれる宗派です。

下の写真がOrthodoxの一例。

switched.com

これに対して私が属するのは「Reform(改革派)」。私たちは上の写真のような服装はしてません。Tシャツにジーンズのカリフォルニア・スタイルでお祈りに参加します。

下の写真は、Reformの家族が、トーラー(ユダヤ教の聖典)の一部を読み上げているところ。ユダヤ教徒の子供は13歳になると成人式をしますが、Orthodoxの 場合は男の子だけ。Reformの場合、女の子は12歳になると成人式を行います。下の写真は女の子の成人式なので、ひと目でReformだとわかりま す。Orthodoxのような服装はしていませんが、女の子は頭にKippah(キッパ)と呼ばれる丸い布をかぶっています。

jewishjournal.com

Orthodoxは古いユダヤ教の戒律を厳格に守ろうとしています。たとえば、「安息日には働いていはいけない」という戒律に従い、土曜日には電気を使いません(古代には火の使用が禁止されていたので、現代はそれを電気に置き換えている)。

従って、土曜日は車を使わずどこに行くのにも歩く。そのため、シナゴーグ(ユダヤ教徒の寺院)から徒歩範囲にしか住めず、自然と住む場所が固まってきます。ここLAにも多くのOrthodoxユダヤ教徒が住む地域があり、土曜日のお昼頃には独特の服装をした人々が連なって歩いている姿を良く見かけます。

これに対して、私たちReformのユダヤ教徒は「形式にこだわるより、その根底にあるユダヤ教の考え方を柔軟に現代の生活に応用していこうよ」と考えます。

Orthodoxのシナゴーグでは、男女が一緒に座ることができません。シナゴーグは壁で半分にわけられ、女性は壁越しにお祈りを聞くだけ。土曜日の朝の集会ではまだお祈りが終わっていなくてもお昼時になると女性達は食事の準備を始め、男性は準備を一切手伝わずに食べるだけ。

このような慣習は、現代のアメリカには相容れないものです。古代においては普通だった男女別の扱いも、現代においては「男女差別」としか言いようがない、いかにも古くさく時代遅れの宗教という感じになってしまいます。

しかし、だからといってユダヤ教そのものを否定してしまうわけにいかない。数千年に渡り受け継がれてきたユダヤ教の教え、ユダヤ人としてのアイデンティティは守っていきたい。

そこで「Reform派」のムーブメントが生まれたのです。最初に始まったのは戦後のドイツです。

ここで興味深いのが、ドイツで始まったこのムーブメントは結局、ドイツでは根付くことなく、アメリカで花開いたことです。

何故か?

それは、Reform派が信じる価値観・・・多様性を受けいれ、異文化を排除せず、男女差別や人種差別につながるような慣習は過去にとらわれず大胆に断ち切り、進化させていく・・・という先進的な姿勢が、現代アメリカのリベラル派の価値観に非常によくマッチしていたからだ、と言われています。

Reform派のユダヤ教徒は世界各地に存在するものの、アメリカでの活動がもっともアクティブです。

イスラエルはユダヤ人の国として設立されましたが、Reform派のシナゴーグ(ユダヤ教の寺院)はほとんどありません。

一方アメリカではReform派のユダヤ教徒の数は年々増加し、いっぽうで正統派ユダヤ教は、改宗がより厳しいこと、若い世代が離れていく傾向があることもあり、少しずつ人口が減少しています。

ですから、今回の私のような、外国人としてアメリカにやってきて、改宗してReform派のユダヤ教徒になることができた、という経験もやはり、「アメリカならでは」のトピックだと思うので、ぜひここに記しておきたいのです。

というわけで本題です。

私が改宗の手続きを開始したのは、2010年の9月です。それから約2年半、シナゴーグで開かれる「ユダヤ教入門」というクラスをとり、Rabbi(ユダヤ教の指導者であり、学者でもある存在。日本語でよくラビと書かれるが、英語の発音はラバイ)の個人指導を二週間に一度、推薦図書を10冊ほど、テキストを10冊ほど、推薦映画をいくつか、ホロコースト資料館や、正統派シナゴーグでの集会を訪問、複数の他のシナゴーグを体験、LA地区の改宗志願者が大勢集まる集会に参加・・・、と、いくつもの必須要件をこなし、ついに、ついに、改宗の最後を締めくくる儀式日となりました。

この2年半、何が一番大変だったかといえば、仕事と育児の合間をぬって勉強の時間を確保することでした。

クラスは一度でも休むと失格になってしまうので、その日は仕事がどんなに忙しくても残業を断って会社を出たり、一度は出張の帰りにクラスに直行したことがあり、飛行機が遅れてしまって空港のフロアをスーツケース片手にダッシュで横切り、ハイウェイを飛ばして教室に飛び込んだりしました。

小さい子供がいるので私がクラスに出ている間は夫も予定を入れずに子供を見ていなければならないし、やっと仕事から帰ってきて娘が飛びついてきても、「ママ、お勉強に行ってくるからね」と出かけようとして娘に号泣されたりもしました。

勉強そのものは、私は苦にならないのです。ユダヤ教の勉強の一部は歴史の勉強のようなものですが、そういう暗記とか知識系の勉強って、大学受験を一度経験している日本人にはお手の物です(笑)

日本人の私にとって苦手なのはディスカッションです。5〜6人が出席するクラスで、神の存在について、キリスト教との違いについて、熱い議論になるたびに私はなかなか発言が出来なくて、黙ったままクラスが終わってしまうのが悔しくてたまりませんでした。

思い切って発言してみれば、うまく言いたいことが言えないまま他の人に遮られてトピックが変わってしまったり。がんばって自分の考えを言っても、「うーん、それはちょっと違うかな」とあっさりRabbiに否定されたり。

2年半の間、「もうやめよう、別に改宗しなくてもいいや」と思いそうになったことは何度もあります。

指定図書が古風な英語で書かれていて、辞書なしには全然読み進めなかったときもそう思いました。

普通の本や雑誌なら、辞書をひかなくても充分楽しめるのに、辞書なしには一行も進めないような状態で、ページが真っ黒になるくらい訳語を書き込みながら一日数ページしか読めなかったり。

英語でさえこんな状態なのに、ヘブライ語の勉強までしなきゃいけないし。

やっとそろそろ終わり、というところで、自分が学んだことをまとめる論文を書いていたときも、投げ出したくなりました。

頭の中にあることはとても深遠な思考なのに、言葉にするとまるで小学生の日記みたいで・・・

「あー、もう、日本語で書かせて!!」って何度も叫びたくなりました。

その論文も何度かダメ出しを受け、書き直しを重ね、ついに「儀式を行うための場所を予約しよう」という話をRabbiが始めてくれたときは、それはもう嬉しかったのですが、なんだか時間が立ちすぎていて「あ、そういえば改宗がゴールだったんだ」と思い出した、というか・・・何を目指していたのか忘れかけている状態でした。

そんな私に反して「儀式の日が決まったよ」と報告したら夫が大騒ぎ。すぐに義理の両親にも伝えて、家族中「すごい!!ついに!!」と大興奮になりました。

とにかくユダヤ教についての知識が皆無なところから改宗をスタートした私は、このときはまだ、改宗の最後の儀式がどれくらいオオゴトなのか、よくわかっていなかったのです。

そして儀式の日が数週間後にせまったとき、さらなる試練が私の前に立ちはだかったのでした・・・

(後半に続く)

 

 

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4 comments on “Conversion (改宗):前編”

  1. Tamamiさん、改宗おめでとうございます、(で、いいんですよね?)。大変な道のりを乗り越えられた様子がよくわかりました。ユダヤ教はまったく知らない宗教なので興味深く読ませていただきました。後編が楽しみです。改宗しようと思われたきっかけ、と動機はなんだったのでしょう。もし差しさわりなければぜひ載せてください。美加

  2. Mikaさん、読んでいただきありがとうございます。
    改宗のきっかけは、夫がユダヤ教徒なので、結婚するときに改宗してからという条件だったのが最初のきっかけでしたが、実際にはビザのこともあってとりあえず結婚はして、すぐ子供が生まれて、なんとなく数年過ぎてしまって、もう特に「改宗は?」って誰にも言われなくなってたんです。でもその頃にはユダヤ教徒としての習慣とか行事も一通り経験し、教義にとても共感して、誰にも言われなくても自分の意志で改宗したい!と思うようになっていました。結果的にはそれで良かったと思います。自分の意志がないと、やはりなかなか大変なプロセスだったので・・・
    また続きで詳しく書きますね!

  3. Tamamiさん、お返事ありがとうございます。なるほど、配偶者が異教徒でも改宗しない方は多いのに(わたしも含め)Tamamiさんは初志貫徹、プラス自分で勉強してユダヤ教に共感した上で改宗されたのですね。素晴らしいと思います。後編も楽しみにしています。

  4. 面白いですね。
    書いてある記事通り、イスラエルに行った時に改宗はオーソドックスのみがユダヤ人として認められると言われました。
    非ユダヤ人の改宗のみです。
    その後、詳しく聞いてみると定義と言うものがあり、元はというとオーソドックスのみだそうです。
    (リフォームやコンサバティブなどは、アシカナジムから作られられたもので、セファーディにはそう言ったものは無く、1つそれがオーソドックスのみのようです。)
    理由は、非ユダヤ人のように生活をするユダヤ人の方が多く、(神様になんてことをもうしているのだろうか?と。) これ以上そう言った者は要らない、神様にそんな事をするのか?
    改宗をするものは、ユダヤ教を(神様との契約を)きちんと守れるもののみがなれるととても厳しい意見をおっしゃっていました。

    正統派に改宗中の女性は、父親が
    ユダヤ人だけれども、母が確かリフォームの改宗者で、いろんなところで非ユダヤ人と言われたため…と言っていました。

    でもそれも本人の意思ですよね。
    素晴らしいと思います。

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