「行ってから踏ん張んべ」 (9)
冬真っ只中の「留学開始」も季節が変わり、もう春らしい陽気の中に芝生が青々と広がり始めている。
三月のワシントン州の気候はほんとに穏やかで爽やかだが、通学時の片道40分徒歩はすでにかなり汗ばむ。
相変わらず両手は荷物でふさがっているし、両耳はラジオのイヤホンでふさがっている。ラジオで聞く曲もだいぶ新しいものになってきた。
ふと立ち止まると、何となく意識してしまう「春=変化」。日本人らしい季節の移ろいへの反応なのか、「ESLで何となく慣れてきた自分」に次の展開発掘へのプレッシャーが襲う。
「慣れ」は感じるが、「自信」はない現状。しかも、まだESLだし。
ただ、先日のリンとの会話の中で言われた「たっちゃんもシアトル来ちゃえば」という誘いにばかり思いを馳せてる自分がいる。
渡米当初の「勢い」から、まだ「アメリカに来て何をするのか、何がしたいのか」という方向は見えてこない。
ある日の放課後。「あ、そういえば前回から少し間が空いてるな…」と、二月にテキストを貰ってきてから既に二度落ちた運転免許の筆記試験について思い出す。
一度お金を払うと「三回受験可能」というシステム。「残り一回か…」と、しばらくテキストにすら目を通してもいないが、「ま、たいした金額じゃないし、今日このまま受けてしまうか」と時計に目をやる。この時すでに3時過ぎ。
午後4時までにテストを受けなくてはいけないので、学校の校舎から向かいの試験会場にタタタッと走る。
受付のおばさんに「~番の席で…」と言われ、画面の前に座る。
この筆記試験。タッチパネルにパッパッと触れて「正解」だとそのまま「ピンポンピンポ~ン」といった感じで問題が進むのだが、間違えると「正解はこれ」という表示が映る。
…ん?
今日はなんだか間違いが少ないのか、スルスルと次の問題が表示されるな…
…ん?
あ、合格。
突然のことで、あまりよく理解できず困惑しながら首をかしげて席を立つ。でも嬉しくて、ちょっとニヤけてしまう。
受付で「一週間後から運転の試験を受けれるからね」と言われ、新しく「Permit」と書かれた身分証明書を手渡される。
さて、どうしたものか…
その夜、ホストファーザーに「筆記試験は合格したんだけど、車ってどこで買うもんなの?」と聞くと、「お~すごいすごい。じゃ、明日の夕方にでも早速見に行くか?」とノリノリ。
夕飯が済み、いつものように自室でボソボソ音読してると、部屋のドアをゴンゴンをノックされる。
「たつや、電話。女の子から」。
開口一番、ムンちゃんから「どうよ」と聞かれ、「いやぁやっと筆記試験に受かってさ…」と報告。
思えば、今回のこれが渡米以来初の「合格」。大袈裟だが、ESLクラスだけではなく、アメリカ社会で「生活の基盤」が固められそうな期待もやっと出てくる。
翌日、ムンちゃんと廊下を歩いている時にも「どんなの買うか」で話が弾む。「こういうことをしたいのなら、そういうのなんでないか」と他人事なムンちゃんも結構その気(当時ムンちゃんは時々ご両親のワゴンを運転していた)。
お店の入り口や学校のカフェテリア内の「ご自由にお取りください」セクションにある中古車広告にも足が止まりまくる。
夕方、いつもより早歩きで帰宅すると、ホストファーザーが「よっしゃ行くべ」と買う気満々で待機している。
今でも思うが、アメリカの中古車はまったくもってしょぼいのに高い。10年ものとかでも平気でン十万します。
一軒目は所謂メーカー系の中古屋に行きましたが、新車のような価格に「無理!」とあっ気なく退散。二軒目も「まだちょっと無理ッ!」と後ずさり。
やはり車検のない「何でもあり」なお国柄。ガラスが割れても、そこにビニールシートをテープで留めて高速を走るお国柄。この値段では一般的に買い換えることは難しいな、ということか。そりゃビニール留めちゃうわ。
ただ、「これ昨日入荷したんだけど、$7,500でどう?」と三軒目の店員に言われた「Chevrolet Corsica(92年製)」が 気になる。車内も外観も小奇麗だし。
ホストファーザーに試運転をお願いして、助手席に乗るが、それで何が分かるわけでもないので、「じゃ、これで良いや」とあんま悩みたくないせっかちな俺。
ふと、「これは本で読んだ『値切り交渉』とかしたほうが良いのだろうか…」と思い始めてしまい、試しに「$5,000」と大きく出る(このとき、札束でこの金額を持っていた)。「そんな低いの無理だよ」と首を振る店員。
「そうか、じゃ、また別に当たるか…」と、(思い出すと危険だが)札束をチラつかせつつも、素直に諦めて帰ろうとすると「ちょっと待て」と店員が追いかけてくる。
「マネージャーに確認したら、$6,500までなら下げれる」と言い出す。
失う物がないこちらも結構その気になってきて、「税込みで、$5,500」とまだ踏ん張る。
「…$6,500までなら、と言ったじゃん」とばかりに店員が顔をしかめるが、「無理なら他をあたるか…」と再び立ち去ろうとするこちら。
「もうこれが最後。$6,000でなら」と店員が食い下がる。
「税込みで、$5,500」と繰り返したところで、店員とマネージャーが顔を見合わせる。
相手が折れる。
「これでもディーラーは利益出てんだろうから」とホストファーザーがニヤニヤしながら俺の肩をポンと叩く。
ふと、小切手帳をど忘れしたことに気付き、とりあえず持参現金$5,000を手付金として置いてくる。
その夜、リンに電話すると「じゃ、明日行くから一緒に車取りに行くべ」という流れに展開。
翌日夕方、自宅から二人でバスを乗り継ぎ、「$500」と書かれた小切手を手にディーラーに辿り着く。(結局それ以上に軽くは諸費用を払わされたのだが)
リンの運転で、自宅に戻ると「じゃ、早速練習だ」と(ほんとは違法だが)リンを助手席に近所で練習。「あ~でもない、こ~でもない」と言われながらソロソロとギアを入れアクセルを踏んだ瞬間の興奮たら、表現し切れません。
その夜、リンが帰った後も「これで夜間一人で行動ができる」という嬉しさがこみ上げ、一時間くらい無免許状態で運転の練習。途中、オマワリさんが目の前を横切り焦り、寿命を短くしたところでその日は終了。
その週末、再度リンが来訪。「シアトル行くべ」とマイカーとリンの運転で遠出することに。
初めてコメントいたします いつも楽しく読ませていただいています
Tatさんのお話、全く同感いたしました~ 半壊したものや、ガムテープでペタッと応急処置しただけの車が平気で走っているのには、初めて来た時はびっくりしたものです
そして中古車が恐ろしく高いですよね!
車が生活必需品なのに、私の住んでいる所では1万ドル以下の中古車についぞお目にかかることは出来ませんでした Tatさんの値切りの腕前に脱帽です
続編楽しみにしています!
エリさん、コメントあ~ざっす。
普通に考えて(日本人なら)「中古で百万じゃ、売れないべ」とかなると思うんですけどね。値切りは「興味とお金を持っているように見せておきながら…」ちゅう話なんだと思いますけど、今のほうが苦手かも知れないです。
僕、先日高速で石がフロントガラスに飛んできて、ヒビが…
最初横10cmくらいだったのに、ぐんぐん育って今はとりあえず横いっぱいに広がってしまいました。車のこと、全然詳しくないんでひたすらアワアワしながら次の出費を恐れております。
改めて、コメントありがとうございました。
フロントガラスの交換、全然高くないですよ!
50ドル~150ドルくらいじゃなかったかな。安くて驚いた覚えがあるので。
いっぺんestimateしてもらいに、持っていったらどうですか?
あ、でもディーラーはだめですよ。町の車修理屋さんがいいです。