学生ビザから米国市民権まで(2)

F1-I-94

このフォームはすでに廃止されたそうですが、私が初めて渡米した当時にはこの紙切れがパスポートにホチキスでとめられて、アメリカへの出入国が記録されていました。ビザを持たない観光目的の入国者は緑色、学生や就労者などビザを持つ入国者はこのような白い紙でした。

右側のスタンプのところで、F1というVisaステータスと日付がわかります。

当時、私はこの紙切れのあまりの小ささと適当にパスポートにホチキスでとめられいるだけの外見から、大して重要な紙ではないと思って気にしないでいたら、引き出しの中でいつのまにかパスポートから外れていろいろな書類の下に紛れ、もう少しで紛失しそうになりました。

外れてしまったのでしばらくただパスポートに挟んでおいたため、空港で移動中にひらりと落ちてしまったこともあります。幸い、後ろを歩いていた人が親切に指摘してくれたので失くさずすんだのですが・・・

F1で渡米したころは、基本的にアメリカでの移民法やビザステータスににまつわる様々な厳しい状況、自分のビザステータスを証明する書類の重要性などが、あまり理解できていなかったと思います。

このことは、私が、日本という世界中でも数少ないアメリカと肩を並べられる経済力を持ち、政情が安定している国、またアメリカとの関係も友好な国から来た留学生だったためでもあると思います。

留学先の大学院には世界中から留学生が集まっていましたが、彼らの中には政情が不安定で帰国すれば仕事もなく、生活の保障さえないような人もいましたから・・・そのような人々は当然、のんびりした私と違って真剣にアメリカに残る道を探し、ビザや移民関係についてもしっかり知識を持っていたことでしょう。

卒業後に日本に戻るかどうかもはっきり決めていなかった私は、ある日、「来週、Social Security Administrationの人たちがキャンパスに来て、留学生にSocial Security Numberを発行してくれるので、何時に学生課のオフィスに来るように」という情報を得たときも、あまり深く考えずに「せっかくだから行こうっと」と指定の場所に向かいました。

このとき私に対応した人が、ちょっと厳しい感じであまり愛想がよくなかったことを覚えています。

留学生の私を「Welcome!」と暖かく迎えてくれた大学院のスタッフや教授のフレンドリーさに慣れていたため、このときのオフィサーのちょっと冷たい感じが印象に残っているのだと思います。

思えばこれが、留学を超えて移民への第一歩を踏み出すとき、アメリカが初めて見せる厳しい態度に出会った瞬間だったと思います。

当時はただ「なんか怒ってる?この人」とか呑気に思いつつ書類を提出し、そのしばらく後に無事、SSNを記載したカードが送られてきたのですが・・・

これが後から考えるとものすごくラッキーなことだったのです。

私がSSNを受け取ったこのときが、2001年の前半でした。

その数ヶ月後、9月に、あの「9/11」テロ事件が起こるのです。

テロ事件後、グリーンカードや就労ビザを持たない学生ビザでの滞在者には、基本的にSSNが発行されることはなくなりました。

キャンパス内での仕事、サマーインターンシップ、卒業後のトレーニングステータスでの就労などを証明することで発行してもらえるようですが、私のときのようにAdministrationの人々がキャンパスまでわざわざ来てくれてSSNを発行してくれるなんて、あのテロ後に入学してきた後輩たちには信じられないような恵まれた待遇だったということになってしまいました。

さて、このようにビザ書類の重要さも、SSNのありがたさもいまひとつわかっていなかった私ですが、卒業して就職し、OPTカード発行の際の様々な試練を経てそのへんを学習していった経緯は以前に書いたとおりです。

このOPTカードが届かず、テンポラリーの書類を入手するためにサンノゼの移民局に出向いたりする一方で、私は生まれて初めての運転免許をとるべく、また別の試練を受けていたわけですが・・・

最初に筆記テストを受けようとして、アメリカに合法滞在していることを証明するためにパスポートを持って行きました。

このパスポートにはF1ビザが印刷してあります。写真もついていて、紙幣のような凝った印刷になっていて、いかにも権威がありそうです。

またF1ビザは、たとえ大学院が2年間しかなくても5年分発行されるので、卒業した後だった当時も有効期限内のように見えます。

が、DMVの担当者には、このビザでは合法滞在が証明できない、と却下されてしまいました。

前述したように当時テロ事件の直後で政府機関はどこもナーバスになっていたのかもしれませんが、F1ビザは5年有効でも実際にスポンサーしている学校に在籍していなければ認めないという方針が徹底していたようです。

1日も早く運転免許を取らなければならないのにOPTで苦戦してなかなかテンポラリーカードが取れず、試験さえ受けることができない!という事態だったのですが、なんとかならないかと考えて、移民局からの「OPT申請を受け付けました」と記してあるレターを持っていくことにしました。

このレターは、ビザやグリーンカードなど、どんな内容であっても移民局に対して何かを申請したとき、「とりあえず受け取りましたよ」という確認のために送られてくるレターです。

レターの中に「ステータスを保障するものではない」とはっきり書かれています。あくまでも申請を受け付けた、処理中である、と連絡するためだけの文書です。

現在ではこのレターが来ると申請Noが発行され、移民局のウェブサイト上で状況をトラッキングできるという便利なシステムがあるのですが、その当時はそういうものもなく、「いったいどうなっているんだろう・・・」と不安に思いつつみんな移民局からの連絡をひたすら待っていたのでした(何ヶ月も。電話で問い合わせて質問すると延々と待たされてなかなか繋がらない上に有料)。

おそらくダメだろう、と思いつつ、もしかしたら、と希望を持ってこのレターとパスポートとともに二度目の挑戦をしにDMVに向かいました。

そして「今回はこういうものを持ってきたんだけど・・・」と書類を開きだしたとき、偶然パスポートのI94(一番上の画像)のページが担当者の目に触れました。

すると、担当者は「ああ、これこれ」と言うのです。「This is what I was looking for」と・・・

印刷されたビザと比べるとどうでもいいような、手書きの小さい紙切れですが・・・なぜか、その担当者はこれを見るとあっさりと運転免許の試験を受けることを許可してくれたのです。

入出国記録がそこまで大事なものだったのか、もしかしたらこのときの担当者の勘違いなのか、今でも謎なのですが。

移民局からのレターは結局見せることなく、この小さい紙切れのおかげでこのとき筆記テストを受け、無事路上で運転の練習を始めることができたのでした。

次回はOPTを経てH1B、そしてグリーンカードへという流れを振り返りたいと思います。

 

学生ビザから米国市民権まで(2)” への4件のフィードバック

  1. 今はだいぶシステムが改善されてますが(最近のカリフォルニアのDMVには良い意味でいろいろ驚かされます)、昔はほんとこんな感じでしたよねー。
    長ーい列に並んで、でも受け付けてもらえずすごすご帰るとか。私もやりました。
    で、それをホームステイ先のママに行ったら、「私が一緒に行ってあげる!」って二人で取って返して。で、受付の人が二人いたんだけど、さっきと違う人に当たるように並んで、で、すんなり受け付けてもらえたり。
    人によって対応が違うというけど、ほんとにそうで、びっくりでした。

  2.  Makiさん、最近はいろいろ改善されて本当に良かったです。市民権を申請中の現在も、移民局が書類を受け取ったらテキストが来たり、ステータスをオンラインでいつでも確認できたり、本当に便利になったと思います。以前はひたすら不安なまま「どうなってるんだろうなぁ・・・」と待つしかなかったですもんね。やっぱり、さすがにいろいろComplainがあって改善したんでしょうね。

  3. 今朝、仕事が暇で遡って読み漁ってる最中ですが…
    I-94、「合法に入国した証明」なので、物凄い重要なんです。
    DMV、Social Security Officeその他、(H含む)正式な手続きが必要なもの、全部に必要なはず。

    ま、それらの手続きがない人はあまり関係ないと思いますが、出国時に下手するとつっこまれます。

    さて、次の記事は…

  4. たつやさん、I-94ってそんな重要な書類のわりにはサイズも小さいし手書き感あふれてるし、なんか重要に見えないですよねぇ。
    私、一度紛失して再発行してもらったような記憶があります。まだ留学中のときに・・・。けっこうスムーズに再発行できたんですよね。やっぱり911前だったかなぁ。知らぬが仏というか、けっこう危ない事態だったのに本人気づいてなかったんですね、きっと。

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