格差こそ自由の象徴

 

皆さんこんにちは!Tomoです!

今日は、

英語やアメリカに直接は関わりが無いかもしれませんが、

ボク好きな考えの一つを書いておこうと思います。

これは、

自分が通っているスクールの館長

Shawn Tsujiiが仰ってた考えです。

これが大好きで、ぜひシェアしたいと思います。

 

「格差」って言葉、

皆さんはどういう印象やイメージを受けますか?

 

不平等、差別、優劣…みたいなネガティブな印象を

持っている方が多いでしょうか?

 

これまでに私が出会った人で

英語を勉強している人の中にも、

「英語でディスカッションする時があって、

同じグループに流暢に話す日本人がいて、

その人の前で英語話すのが恥ずかしかった…。」とか

言っている人もいました。

 

別に英語だけじゃなくて、

学歴、職業、社会的地位、収入、結婚の有無などなど、

いろんな場面で、

他人と比較し、格差を感じている人って日本人に多い気がします。

 

でも、イメージしていただきたいんですけど、

格差の無い世界ってどうなんでしょう?

みんな平等で一定な世界。

 

例えば、

屁理屈だと言われるかもしれませんが、

あくまでも、

もしもの話ですが、

「日本人は皆、

TOEIC600点~700点の範囲の英語の学力を維持すること。

それ以上もそれ以下もあってはならない。

そして、

日本人は日本人訛りの英語しか喋ってはいけない。

決して、発音を流暢にしようなど考え、行動や改善を試みてはいけない。

違反したものは罰せられる。」

みたいな英語の法律が日本にあったとしたらどうですか?

英語能力も発音も

日本人皆全て一緒…私は絶対に嫌です。

 

また、

職業も選べず、

どんな職業についても、

どんなに頑張っても

お給料は日本人みんな一緒。

そんな世界、私は絶対に嫌ですけどね。

 

つまり

「格差が無い世界の方が

希望が見いだせず、

よっぽど閉鎖的な世界。」

 

に感じないでしょうか?

 

最近、日本のニュースを見てて思うことがあります。

「格差は良くない。格差をなくそう。」

と言ってる人たち。

本当にそれで世の中全体が幸せになるんでしょうか?

 

全員が桃太郎を演じる幼稚園のお遊戯会。

順位を決めない小学校の運動会。

 

「本当にあるのか?」と疑ってしまいますが、

もし実在するのならば…

何が楽しいのか自分にはサッパリ分かりません。笑

 

私の少年時代の話ですが、

マラソン大会で、友達に負けたから

「どうやったら友達よりも速く走れようになるのだろう?」

って小学生の時考えてました。

 

また、私は小学校の2年生からバスケもしていました。

入部した当初は、周りは上手い子ばかりでした。

「どうやったら他のみんなみたいに上手くなれるかなぁ?

どうやったら1on1で勝てるかなぁ?

どうやったら試合に出してもらえるようになるかなぁ?」

って考えてました。

悔しい気持ちもありましたが、

当時、そういうことを考えてすごくワクワクしていたのを思い出します。

 

謙遜するつもりは全くありませんが、

私は本当に不器用な人間です。

スポーツでも勉強でも仕事でも

スグに結果の出せる器用タイプな人間ではありません。

 

格差や壁を感じ、

どうやったらその格差を埋められるかを考え、

実際に行動して、いつも人より時間はかかりますが、

そうやって実現させたい事を実現させてきました。

もちろん、悩むときもありますが、

そういう生き方が自分にとっては楽しい。

 

だから、

私は格差があるからこそ、

自由であって、

希望が見いだせて、

自分の目指すところにいけるんじゃないかと。

そう思います。

まさに「格差こそ自由の象徴」だと。

このShawnの考え方に私は非常に共感します。

英語上手くなりたいと思って努力している人、

現在アメリカで踏ん張ってる人、

これからアメリカで何かチャレンジしようとしている人、

やってやりましょうよ。

一度きりの人生です。

自分の人生に遠慮したり、躊躇してるヒマはないですよ。

 

今、こうして自分が記事を書いて配信しているのも、

自分がなりたい理想の姿を実現させる為です。

その理想と現実の格差を今、埋めようとしています。 

格差こそ自由の象徴” への1件のフィードバック

  1. 第二次大戦(もしくは太平洋戦争、日中戦争いろいろな言われ方があります)がありました。1945年に日本は連合国側に完全に負け焼け野原になりました。その中で、各国の手助けもあり、日本は経済成長をしていきました。「一億総中流」という言葉が生まれました。つまり一億の「みんな」が「中流」になるのが、焼け野原日本の目標だったんですね。「みんな」は大人になりました。でもなかなか考え方って変わらないですね。「みんな」で「中流」という考え方が今だある程度の年齢の人には強く残っているかとおもいます。そうすると、そういう人は収入の違う「格差」は違和感を持つわけですね。そういう人たちは、人数も多いですし、大企業やマスコミの重要な地位を占めているでしょう。そういうこともあって、世間では「格差」は「良くない」という意見が強いのでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です