間違い?と思ったら普通に使われてる英語

以前に和製英語のことを話題にしましたが、今日はその逆で「一見和製英語のようだが実はちゃんと英語」という言い回しをいくつか集めてみました。

  • 「Long time no see」

「久しぶり!」という意味で使われる表現ですが、これを初めて聞いたときは「絶対おかしいでしょ!」って思いました。

英語の文法ルールを完全に無視しています。「See」という動詞を名詞のように使っているし、英語の構造的に「Long time」のほうが普通は後に来そうなのに先に言っているところが、なんとも他の言語の直訳という感じがします。

実際にこの表現のルーツは、最初は外国人や移民が間違った表現のまま使いだしたもので、それが一般的に浸透していったのではないか、と言われているそうです。ただしWikipediaによると、この表現が印刷された最古の紙媒体は1901年に発行されたものだそうで、そうすると近年のグローバル化に伴う外来語の浸透というわけでもなく、かなり古くからアメリカに浸透している表現らしいのです。

私の周囲のアメリカ人同士もごく普通にこの表現を使っています。ただし、やはりくだけた表現なのであくまでも友人同士で使われているようです。

  • 「I’m good」

これは「何か飲む?」などとすすめられて「いいえ、けっこうです」と断るときの言い方です。

これもアメリカ人が言うのを初めて聞いたときは、「日本人が”私はいいです”って言うときの直訳みたい!」と思いました。

前後関係次第では「私はとても仕事ができる」というような意味にもなります。こういうあいまいな表現が英語にも許されているというのが私には意外でした。

ちなみにこの表現はもっと一般的に何かを断る表現「No, thank you」よりもちょっと強いニュアンスがあると思います。一度すすめられて「No, thank you」と言ったあと、「ほんとに要らないの?大丈夫?」とか言われたら、「Yeah, I’m good, I’m good」と「本当に私は何も飲まなくても大丈夫ですよ」という意味で強調するような感じです。「I’m fine」と言えばもっと普通の英語ですね。その派生として「I’m good」があると考えてもいいのかもしれません。

これも、若者のくだけた言葉なので、言葉に厳しい人に言わせれば間違った英語なのかもしれませんが・・・ごく普通に普及している表現なのは確かです。

  • 「僕はウナギだ」

この有名な言い回し、ご存知ですか?奥津敬一郎さんという言語学者が1978年に出した「”ボクハウナギダ”の文法」という本が起源となって、「ウナギ文」と称されるようになった、日本語独特と言われる文章構造を示す文例です。

レストランで注文するとき、「僕はウナギを注文する」という意味で「僕はウナギだ」と言う。これは文字通り捉えると、まるでウナギが言葉をしゃべって「こんにちは~、僕はウナギでーす」と言っているみたい。それにもかかわらず、「注文する」という意味が成立する、これは日本語だけの現象だ、英語ではありえない・・・というのが言論学者の間でのコンセンサスだったようです。

でも、アメリカで生活している人なら「え?そんなことないよ、けっこう英語でも同じこと言うよ」と思うのではないでしょうか。

私もあるとき、アメリカ人たちとレストランで食事をしているとき、お魚とお肉のお皿が運ばれてきて、お魚をオーダーしていた人が「Oh, I’m fish」と言ってお魚のほうのお皿に手を伸ばしたのを目撃し、「!!!」となりました。

私も長いこと、「日本語を直訳して英語でI’m fishなんて言ってしまったら、え?あなた人間じゃなくて魚なの?って周囲の人にからかわれちゃう」と信じて、そんな英語を使わないようにとても気をつけていたのです。それがあっさりと目の前で「I’m fish」と言うアメリカ人がいて、ウェイトレスも、他の人も何も言わない。

インターネットが発達した現在、言語学者のウェブサイトなどでアメリカ生活経験者が「僕はウナギって英語でも言いますよ」という反論をぶつけたりしているのを見たこともあります。

そのときの言語学者の反応は「もちろん、くだけた口語として、とくに誰が何をオーダーしたのかをはっきりさせようとする文脈でそういう文章が出てくることはあるでしょう。でも英語の文法ルールに外れているので、やはり間違いです」というようなものでした。

でも、本当にそうでしょうか・・・?

私の持論は常に「言語は生き物。時とともに使う人の価値観や文化を反映して、有機的に変化し続ける。したがって、”これが正しい”という文法を人工的に設定することは不可能」というものです。

たとえば日本語だって、いわゆる「ら抜き言葉」が問題視されていましたが、最近ついに一部の辞書には正しい表現として追加されたと聞きます。これから50年、100年たって、ら抜き言葉に違和感を持たない世代が親になり、祖父母になったころ、辞書には「ら抜き言葉」だけが正しい言葉として残っているに違いありません。

ら抜き言葉が広がったのは、このコミュニケーションのスピードが劇的に加速する時代、形骸化して実質的な機能を持たない文字として「ら」が省略されたからであって、それは言語の本来的な性質だし、当然の流れであり、いくら言語学者や学校の先生が顔をしかめても、生き物である言語の流れを止めることはできないと私は思います。

今私たちが「正しい」と思って使っている言葉だって、江戸時代に生まれて「最近の若者は言葉づかいが乱れている」と嘆かれつつ、文化を反映して自然に浸透し、今は堂々と辞書に載っている言葉なのかもしれません。たとえば「あたらしい」という言葉はかつて、「あらたしい」が正しかったのですが、少しずつ、より発音しやすい「あたらしい」に変化していきました。その変化の途中で「最近の若者は、まちがえてあたらしい、と言う。けしからん」と言っていた人々がいたことでしょう。でも今では「あたらしい」こそが正しい言葉です。古い「あらたしい」については「新たに(あらたに)」などの言葉に今でも残っています。

例えが日本語ばかりになりましたが、まったく同じ現象が英語にも起こっているわけで、たとえば、テキストメッセージが主な伝達手段になっている今、「Are you OK?」を「R u OK?」と効率よく書く方法が広まっていて、もしかしたら100年後はそれが正しい書き方になっているかもしれません。英語の古文で「Thou」だったのが現代の「You」になったように、未来が「u」になっていてもおかしくないと思います。

このように言語を使う側の意識を反映して有機的に常に変わり続ける生き物、ととらえた場合、私は、「I’m fish」が間違った英語、とは必ずしも言えないんじゃないかと思うのです。少なくとも「そんなことを言うのは日本人だけだから、笑われるから気をつけたほうがいい」などと気にする必要はまったくありません。

  • “My bad”

すぐ上に書いたこととまったく矛盾してますが(笑)、文法的に破たんしている英語、ティーネイジャーが使っているようなくだけた表現というものは、とくに外国人としてアメリカに暮らす私たちはあまり気軽に使わないほうがいいと思います。そういう表現を覚えるまえに基本の英語をちゃんと覚えるべきです。無理して若者言葉を使うより、「ちょっと古めかしい」と思われても丁寧な正しい英語を話したほうが、社会人としてより高く評価され、信頼される可能性が高いと思います。

日本人にいる外国人がすごくくだけが表現とか悪い言葉を連発していたら、冗談としては大笑いしても、やはりその人を信頼できて教養の高い人とはなかなか思えないはずです。ただでさえ人種的な先入観とか差別の対象になりやすい外国人の私たちは、できるだけ格調高い英語をしゃべることを目指すべきでしょう。

で、この、「あ、ごめん」と謝るときに使われる「My bad」ですが、立派な社会人である職場の同僚なども普通に使っているものの、少し年齢層の高い人が聞いたらあまり良い印象を受けないような気がします。

これも「Bad」という普通は形容詞として使われる言葉に「My」がついていて不思議な構造です。また、自分の間違いを認めつつ結局実際には「あやまってない」ということで反感を持つ人もいるようです。

みなさんも「間違いかと思ったらみんな使ってた変な英語」、何か知っていたらぜひ教えてください。 

間違い?と思ったら普通に使われてる英語” への5件のフィードバック

  1. 私も最初は、”I’m good.”って何がgoodなの?って考え込んだことがありました。goodだから、欲しいのか、いらないのか?笑

    新聞記事のタイトルとか見てると、「あ~、こういう使い方するんだ~」ってことありますね。たぶんこれらは口語的じゃないし、文字数制限があるから独特です。
    たとえば今日の記事でも、”New England readies for snow storm”なんてあって、”ready”って動詞だったの?!って感じです。
    普段の会話では動詞として使わないような・・・。

  2. 新聞の見出し、わかります。”了承した”という意味で「OK’d」とか書いてあると、なんだ?!OKを動詞にして、それも過去形?!とびっくりしますね。アポストロフィーはなんなんだ。Eを省略してるから?英語もけっこう柔軟ですよね。
    製造業界では、商品のデザインを決めてからそれが「技術的に可能かどうか」検証する、Technical feasibility verificationというプロセスがあるんですけど、Feasibilityを確認する、という意味で、「Fease」っていう存在しない英語を使うんですよね。「I already feased that part」って感じに。日本人は日本人でまたそれを「フィジビリ」っていう存在しない日本語で表現します。通訳っていうのは英語と日本語のほかに、自分の専門分野の用語っていう第3の言語を学ばないとやっていけない仕事だなーと日々思ってます(笑)

  3. 「I’m good.」って最初聞いたとき、おお、ネイティブはそういうのか!と感動したので、私も使ってます。それまでは「I’m ok.」とか言ってたんですけど。私の「I’m good.」の解釈は、「私は今満たされてます(goodな状態です)。だからこれ以上飲み物(食べ物)はいりません。」かな。
    言葉は常に変化していくものですね。ほんとほんと。
    ずいぶん昔、アップルが「Think different.」って広告を打ったとき、文法が間違ってる!って非難されたらしいですけど、今はこういう使い方する宣伝、ほんとおおいですよね。。ネットとか新しいメディアとか、新しい環境が生まれて、それに伴って新しい表現が生まれて・・・もー、ついていけませんっ!って感じです。

  4. 新聞でやっているように、名詞を動詞として使うことはよくあります。人が使っていて、それでも意味がわかるので自分でもそんな風に使うようになっていったんだと思います。一番いい例が「Google」日本語でも「Googleしよう」とかいいません?英語でも「What is the name of the flower? I have to google it」みたいに動詞として使っています、よね?
    わたしの職場は移民が多いので、結構きちんとした英語を話します。くだけた言い方を知らないだけなんですけど。

  5. Naomiさん、名詞→動詞という変化は日本語・英語かかわらず常に見られる現象ですね。Googleが動詞化したのは今から10年くらい前で、サーチエンジンとして一人勝ち状態になったと同時に動詞化しました。商品名、企業名が動詞になるというのは、その企業にとって成功の証ですね。ほかにも「Facebookに投稿したりコメントを書いたり、友達の投稿を読んでた」という意味をぜんぶひっくるめて「I was facebooking last night…」とか言います。
    流行語にとどまらず、そのまま動詞として定着し、ときの流れとともにきちんと辞書に動詞として載る日が来るかも知れないし、流行が終わると同時に消える言語かもしれない。私はそういう言葉の変化をとても健全なものだと思うし、どこからどこまでが「乱れた」言語かという線引きはとても難しいと思っています。でも同時にその時代、時代で「美しい、格調高い英語・日本語だな」と思える言葉を、たとえ自在に操ることができなくてもその豊かさを知って楽しんでいたいと思います。

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