帰任初日に退職意思を伝えた私が、30年後に考えること
こんにちは、Masaです。
30年ほど前、2年間のアメリカ赴任を終えて日本へ帰任した私は、その初日に退職意思を伝えました。すでにアメリカ企業から内定を得ていたからです。
当時は自然だった選択も、今振り返るとかなり大胆です。これは成功談ではなく、帰るか残るかを考えたときの話です。
任期は終わっても、私の中では終わっていなかった
アメリカ赴任の辞令が出たとき、私は正直「やった」と思いました。英語で仕事をして、自分をもう一段成長させたい。最初から日本へ戻るつもりはほとんどありませんでした。
実際に働き始めると、任されて、自分で考えながら進めていく職場の空気が自分に合っていました。もちろん、これはアメリカの会社全体を語っているわけではありません。私が出会った職場では、そう感じたということです。
言葉や文化の違い、不便さも含め、新しい環境で暮らすのが面白かった。もっと外の世界を見たいという気持ちが強くなっていきました。
会社から見れば、赴任は2年間で終了です。でも、私の中では、まだ始まったばかりでした。別の働き方や暮らし方を知って、自分の中の比較の基準が変わっていたのだと思います。
帰任する時点で、私はアメリカ企業から内定を得ていました。いったん日本へ戻って、帰任初日に退職の意思を伝えて、その後もう一度アメリカへ渡りました。
今思えば、かなり勢いがあった
30年以上たった今の私から見ても、思い切ったことをしたと思います。ただ、当時はアメリカへ戻りたい気持ちがすごく強くて、「何とかなるだろう」とも思っていました。
今振り返れば、かなり勢いがあって、自分の希望を中心に考えていたと思います。
若い頃の自分に何か言えるなら、気持ちだけではなく、その先の仕事、在留資格、家計、5年後、10年後の暮らしまで、もう少し考えておいた方がいい、と言うでしょうね。
「何とかなる」と「きちんと準備する」は、同じではありません。
自分の希望だけでは決まらない
「帰りたくない」と思うこと自体を、私はわがままだとは思いません。ただ、自分が残りたいことと、会社が実際にできることは別です。
今の私なら、任期の延長や現地採用、帰任後の役割について、早めに会社と話すと思います。希望が実現するとは限りませんが、話さなければ選択肢があるかどうかも分かりません。
家族についても、今は見え方が違います。
当時の私は、親の気持ちよりも、自分たちがどう生きたいかを重く見ました。親から離れて暮らすことに、申し訳なさがなかったわけではありません。何かあったときにすぐ行けないことや、最期に間に合わない可能性も分かっていました。
親には親の人生があり、子どもには子どもの人生があるという考えは、今も変わっていません。ただ、遠くに住むことで生まれる制約は、自分の選択として引き受けることになります。
ひとことで「家族」と言っても、本人、配偶者、子ども、親は、それぞれ別の生活を持っています。30年以上たった今、あの決断は自分一人の話ではなかったと分かります。会社にも事情があり、家族にもそれぞれの気持ちがあった。私は当時、その複雑さを今ほど見ていませんでした。
30年たっても、答えは固定されていない
私がアメリカへ戻ったからといって、同じ選択を勧めたいわけではありません。日本へ帰ることにも、アメリカに残ることにも、守れるものと手放すものがあります。
今の私なら、「どちらが正しいか」よりも、どちらを選んだときの責任なら引き受けられるかを考えます。
「帰りたくない」も「日本へ帰りたい」も、消す必要はないと思います。自分と家族がどう暮らしたいのかを考え始めるきっかけにはなるはずです。
私自身、アメリカで30年以上暮らした今も、老後をどこで過ごすのか、まだ結論は出ていません。考えたり、家族と話したりする時間にも意味があると感じています。
今も迷っているからといって、30年前の選択が間違いだったとは言い切れません。30年以上住んだからといって、正しかったことの証明にもならないでしょう。
家族や健康、暮らしの条件が変われば、問いも変わります。一度決めても、考え直してよいのだと思います。
帰るか、残るか。
すぐに答えを出すより、自分は何を守りたいのか、何を手放せるのか、どんな責任なら引き受けられるのか。家族と話しながら考える時間の方が、今の私には大切に思えます。
Take It Easy in Americaと言いながら、こういうことは簡単には決まりません。だからこそ、急いできれいな答えにしなくてもいいんじゃないですかね。
Masaでした。
P.S. 同様のテーマでYouTube動画を上げました。
海外駐在、帰りたくない。帰任か、残るか — 人生の分かれ道で考えたこと

















