TOEFL勉強法 〜Reading & Listening編〜

とてもお久しぶりになってしまいました、Koyukiです。

今回は留学生の避けては通れない道、TOEFLの勉強法について書こうと思います。

わたしの場合、母がかなり熱心だったため、高校1年生の終わり頃から勉強をし始めたと思います。それから高校3年生の夏までひたすら英語漬けの生活、何度も嫌になりました…(笑) 続きを読む

わたしがアメリカに来た理由

アメリカ大学留学

初めまして、Koyukiです。

わたしの大学はニュージャージー州立大学Rutgers(カタカナだとラトガースだったりラッガースだったり)のNew Brunswick校。3つあるキャンパスのうちの本校です。キャンパス内がさらに5つのキャンパスに分かれていて、移動はバスで最長、端から端まで40分くらいかかるくらいのマンモス校。学生もこの本校だけで46,000人います。 続きを読む

続「行ってから踏ん張んべ」(2)

色々と調べた結果、北西部ではアイダホ州が安いらしい。

1995年4月、アメリカに来て2回目のTOEFLをタコマにて受験。5月、結果は、490。

「これで、やっと(ESLではなく)アメリカ人生徒達と同じクラスが受講できるかも。」
何ヶ月か経過してやっと辿り着いた数字面での出発点に、少し安心する。 続きを読む

続「行ってから踏ん張んべ」(1)

1995年冬の初渡米から季節は変わり、春。

TOEFLのスコアはまだ低く、ESLのままではあったその頃。

ワシントン州タコマ(Tacoma)にある「Tacoma Community College」から、シアトルにより近いベラビュー(Bellevue)にある「Bellevue Community College(現Bellevue College)」に転校。 続きを読む

「行ってから踏ん張んべ」(10)

シアトル内にあるリンの住まい(この頃には、豪邸一軒家の間借り)に着き、一息をついたところで、「あ、そういや暫く会ってないからジョーのところでも行こうか」という話。

ジョーは俺とほぼ同い年のハーフで、苗字は山田。父は日本人、母は軍居住区(横浜市根岸)の小学校教師。こんなに日本人男児らしい名前なのに、日本語は片言のみ(彼の兄ケンは日本語独学なのにペラペラかつ朝日新聞を愛読するのだが、ジョーとその妹エイミーは日本語が苦手)。 続きを読む

TOEFLの勉強

私が留学に向けてTOEFLの勉強をしていたのはもう12年以上前のことになってしまうので、今とは出題形式が異なります。ただ英語全般の勉強の参考になるかもしれないので、当時の勉強法について思い出して書いてみようと思います。 続きを読む

「行ってから踏ん張んべ」 (1)

高校卒業と同時に「留学したい」とは強く思っていたものの、高校生にありがちな「勢い中心」の進路希望。あまり具体的な対策も立ててないから、TOEFLは受けてもスコア「360」が壁という低レベル。よく考えたら最低点が「330」のこのテスト、すべての選択問題を「1」で統一してもそのスコアははじき出せないと言われたのが当時のレベルでした(高校では赤点だらけで「よく卒業できたね」という状態)。 続きを読む