アリゾナ在住、Jun です。初の病院シリーズ2回目の今回は、抗がん剤治療について述べていこうと思います。
主治医から、多発性骨髄腫に詳しいがん専門医にバトンが渡り、我々はノースフェニックスの方にあるHonor Healthというグループのがんセンターへ通う事になりました。がんセンターなので、そこに来ている患者さんは全員何らかのがん疾患を抱えているという訳で、「そうか、夫は本当にがんになってしまったんだな…」と改めて現実を突きつけられ、何か胸に迫るものがありました。
アメリカ企業に就職して、アメリカに移住、そして生活。アメリカ生活情報一挙公開!質問にお答えします!頑張れ日本人!
Masaです。コロナ、やばいっすね。
カリフォルニアに夜間外出禁止令が発令されました。11月21日土曜日から、とりあえず向こう1ヶ月間、12月21日まで、午後10時から翌朝午前5時までの7時間、外出禁止です。
California Governor Gavin Newsom on Thursday issued a temporary curfew throughout most of the state in an effort to slow the spread of coronavirus. The order, which goes into effect Saturday, stops gatherings and non-essential work between 10 p.m. and 5 a.m. in areas under the state’s purple tier label, where virus transmission is considered widespread.
(カリフォルニア州知事のギャビン・ニューサムは木曜日に、コロナウイルスの蔓延を遅らせるために、州のほとんどで一時的な夜間外出禁止令を発令した。土曜日に実施される命令は、ウィルス感染が蔓延していると考えられる、州の紫色のティアラベルの下にある地域で、午後10時から翌朝午前5時の間、集まりと必須ではないビジネスを禁止する。) 続きを読む

アメリカに住む人なら、医療費のバカ高さはご存知でしょう。それ故に、保険には入ってはいても、滅多な事では病院には行けないと我々も常々思っておりました。しかし、今まで風邪一つ引かなかった夫が、まさかの希少血液癌と診断されてしまい、現在も絶賛闘病中です。
アメリカで癌の治療、一体どのようなプロセスで行うのか。ならないのが一番ですが、もし、いつか誰かが似たような状況になってしまって困った時に、少しでも参考になれば、と思い、現在までの闘病生活を綴っていきます。
時間は戻って、昨年8月。夫が「背中が痛い、背中が痛い」とやたら口にするようになりました。マッサージをするとマシにはなっていたようですが、仕事が仕事(アイスホッケーコーチ)なので、まぁ背中が痛いのは一種の職業病のようなもので、単に疲労だと二人とも軽く考えていました。
が、背中痛は一向に治る気配がなく、カイロプラクティックに通っても悪化の一路を辿るばかり。やむなく9月には保険適用の近所のホームドクターにアポイントメントを取って診察して貰いましたが、「背中の筋肉が凝ってるね、ただのBack spasm(背中の痙攣)だよ。レントゲンを撮るまでもない。カイロは止めて、フィジカルセラピーに行け」と言われて終了。しかし、フィジカルセラピーや鍼に通ったりしたものの、やはり効果無し…。
そんな状態でも夫は指導には行っていたものの、氷から降りるとヨチヨチ歩きしか出来ない状態に。グループレッスン後、あまりのヨロヨロっぷりを見たとある父兄(医師)が、「えらい調子悪そうだな、明日俺の診療所で見てやるから来ないか。」と声をかけてくれ、有難く行く事に。幸い、保険適用のグループでした。アメリカでは入っている保険により、行ける病院・行けない病院があるので、この点もややこしいのです。我々にはまだ決まった主治医(ホームドクター)も居なかったので、彼に主治医になって貰う事になりました。
彼の診断も「やっぱりBack spasmだとは思うけど、念の為レントゲンも撮っておこう」でした。が、レントゲンを撮って帰って来て明けた月曜日、朝から電話がかかって来て、「お前の背骨、何か所か折れてるぞ! 事故にでも遭ったのか?」と言われました。「いやそんな事はない」と答えると「これは異常だ、じゃあ骨密度のテストを受けろ」と言われて、アレンジされるがままに骨密度のテストを受けると、背骨だけが彼の年代の40%の骨密度しかないとの事。「この年代でこれは異常だ」と次は血液検査、MRIとアレンジが出来次第、検査に行くという状態に。
※写真はイメージです。
そして10月頭の金曜、レッスンに息子を連れて来ていた主治医の元に、木曜受けたMRIの結果が届いたようで、レッスン後に夫に伝えられたのは、考えもしなかった結果でした。
医師:「今考えられるケースでは、癌の可能性が高い。最悪で、多発性骨髄腫(Multiple Myeloma)。」
夫:「それは何?」
医師:「脊髄の稀な血液癌だ。」
夫:「・・・その他の可能性は?」
医師:「白血病とか、リンパ腫とか…」
夫:「全部悪そうな癌じゃねーかよ!(←思わずツッコミを入れてしまったらしい)」
医師:「ともかく、確定させる為にも、明日ラボに来て、もっと詳しい血液検査と、丸一日分の尿検査をしよう」
との事で、土曜日、血液採取の後にハーフガロンの牛乳用みたいなペットボトルを持って帰宅し、その週末、24時間分の尿を全て採取し、提出。
私は、最初の検査を受けてからというもの、毎週月曜朝にかかってくる医師からの電話が憂鬱でした。思いもしない事が毎週毎週起こる訳ですから。そして尿検査後の月曜朝かかって来た電話。医師の声も沈んでいて、「残念だが、数値から見ても多発性骨髄腫だと思う。次は骨髄の生検、PETスキャンを取って、ここからは癌の専門医を紹介する。」と告げられました。
多発性骨髄腫は、日本では、「大介花子」の花子さんが罹患したという事で、少しは聞いた事がある方もいらっしゃるかも知れません。血液細胞の1つである「形質細胞(けいしつさいぼう)」の癌で、本来形質細胞は、体内に侵入した細菌やウイルスなどの異物から体を守ってくれる「抗体」を作る働きをもっています。しかし、形質細胞が癌化して骨髄腫細胞になると、役に立たない抗体(Mタンパクと呼びます)を作り続け、さまざまな症状を引き起こします。夫の場合は、背骨の骨密度が著しく落ちて、背骨が何か所も圧迫骨折を起こして、それが背中の痙攣に結びついていたのです。
結局のところ、
主治医は「この病気ではないか」という診断をし、専門的な診断を下すのは、専門医 続きを読む
こんにちは、Masaです。
アメリカ移住体験談、どんどんいきましょう。
今回は、ジョージア在住のYAさんにご協力いただきました。
この方とは個人的にかなり長いお付き合いでして、と言っても、リアルでお会いしたことは1回だけ(かな?)。ずっとオンラインでのお付き合い。その昔仕事でジョージアに出張をしたときに、近所の良さげなレストランを教えていただいたり、ホテルまでスイーツをお届けいただいたり。本当に良くしてくださっています。
そんな彼女にお話をいただきます。
Masa:
YAさん、ども。最近の調子はいかがですか?いろいろとご活躍のご様子、拝見しております。
YA:
Masaさん、確かお会いできたのは2年前でしたか?あっっという間ですね!時の流れの早さにいつもびっくりです。
Masa:
もうそんなに経ちましたか。確かに早すぎる…。
さて、ではまずは、今のステータスからお聞きできますでしょうか。
YA:
今はグリーンカードです。
Masa:
あら、そうなんですね。ご結婚されているので、市民権をお持ちだと思っていました。確かにアメリカ人とご結婚されている日本人女性の場合、2つに別れますね。グリーンカードの方と市民権の方と。ま、理由はいろいろとあるのでしょうね。
では、次。YAさんは最初にアメリカにはどのようにいらっしゃいました?
YA:
えっと、2008年の10月にジョージア州のアトランタ郊外の大学に留学中だった友人に会いに来たのですが、その旅行中に、その友人が好きだった人と、その親友、今の私の旦那なんですけど、と4人で食事をしたのをきっかけに今の夫と連絡を取り合い続けて、お付き合いすることになり、1年2か月の遠距離恋愛を経て結婚しました。
2009年に日本からアメリカ(ジョージア州アトランタ)へ引っ越してきました。ちなみにその私の友人も無事にその好きな人と結婚し、お互い子供が同じ保育園に通っています。
Masa:
お〜、なんか山達(山下達郎)の歌が聞こえてきそう(笑)。遠距離の大恋愛の末に結婚されたと。すごいなぁ〜。
ん?え?じゃぁ、もしかして来年は10周年記念?そりゃめでたい。後で結婚記念日を教えてください(笑)。
では…、話はガラリと変わりますが、アメリカに来て、「もう絶対にいや!」という最悪の経験についてお話いただけますかね。
YA:
本当につい先月、韓国レストランに行ったときのことです。
オーナーの方、韓国人なんですけど、おそらく80歳を超えていて、今でもお店に来てはお客さんのテーブルに挨拶回りをするほどのとても礼儀正しくて、お客さんもこのオーナーがテーブルに来るとニコニコほっこりするかわいいおばあちゃんがいます。
このレストランは石焼ビビンバがウリでたくさん種類があって、お気に入りのレストランの1つなのですが、少し家から遠いのと、あまりウエイトレスの対応が良いわけではないので頻繁に行くことはなく、でも急にたま~に食べたくなり、今回もそんな感じで久しぶりに食べたくなって女友達5人と夕飯を食べに行ったんですね。
Masa:
おお、私も韓国レストラン、結構好きです。特にあの酸っぱい糸こんにゃくと言うかヌードルがお気に入りです。ハハ
YA:
で、韓国レストランといえば、キムチとかちょっとつまんで食べられる小鉢に入ってくるパンチャンが出てきますよね。
みんな仕事帰りの夜7:30だったからすごくお腹が空いていて、早く何でもいいから食べたいという感じだったのですが、注文したのにもかかわらずバンチャンがなかなか出てこなくて、、、図々しいとは思ったけど、
「ばんちゃんもらえますか?」とウエイトレスさんに尋ねたら、
「5人いるのに前菜2点にメインを2点じゃ5人分に相当しないからバンチャンは出せないのよ!」ときっぱりお断りされて、、、しかも、その店員さん、なかなかのいじわるな女性で、絶対私たちにはバンチャンは出したくないオーラが満載でして(苦笑)。
Masa:
ほぉ、そんなの理由になるんですかね。アメリカじゃケチは嫌われる…。
YA:
その女性、バンチャン出せない理由をつたない英語でだらダラダラダラと説明してきたんですけど、私たち5人は一生懸命聞いてはいるもののあまりよく理解できない、ま、その女性の英語のせいなんですけど、だから反論とか反応できないで静かにしていたら、
「誰が一番英語が上手に話せるの?!」
とキレだして(笑)。
Masa:
笑えますね(笑)。
YA:
前菜2点といっても、顔よりも大きなサイズのチヂミとユッケジャン、あと他のメインはこれも顔の2倍くらいある大皿に盛られてくるチャプチェとビピンパを頼んで、あと、白米ももちろんオーダーしていました(笑)。女子5人にはこれでだいぶお腹が膨れるし、足りなかったらもっと頼んだらいいかって思っていたのに、まさかのバンチャン拒否でだったので、仕方なくビビンパをもう1つ追加で頼んで、あと何か忘れたけど他にも何か頼んで、なんとかバンチャンを持ってきてもらうことができたんだけど、このウエイトレスとのやり取りの後、あの優しいオーナーがやってきて、
「どうですか~大丈夫ですか~」
って。超小心者の私たちは何事もなかったかのように、
「大丈夫です~」
って言ったけど、オーナーが去ったあと、
「(オーナーに)言えばよかったねー!なんかさらにイライラしてきた!」笑
と、ぐちぐち言いながら運ばれてきた食事を食べていたんですね。
Masa:
おぉ、やっぱYAさんとそのお友達、しっかり日本人してますね(笑)。アメリカ人のおばちゃんだと、多分こうはいかないんじゃないかな。逆ギレとか(笑)。
YA:
そしてお会計の時、他の州ではどうかわかりませんが、ジョージア州は6人以上が1つのテーブルに座っていると自動的にチップが加算されるんですね。それも18%。結構高い。
Masa:
あ、それ、カリフォルニアと同じですね。チップは18%だったかな…。
YA:
で、支払いは5人分に分けてください、って頼んだらなんとチップが加算されていて(6人いないのに)しかも手書きでチップの金額が書いてあるんですよ!
えー!?これいいんですか?違法じゃないの?!びっくりしました。本当に。
通常18%チップが上乗せの場合って、レシートにチップが入った金額も含めて印刷されて出てくるので、チップの金額を手書きで書くということは今まで一度もありませんでしたし、そうでない場合、チップはお客さんがあげたい分だけ書くと思っていたので、ひどい扱いを受けた感は否めませんでした。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだなと。もうこのレストランには二度と行かないと誓いました(笑)。
Masa:
確かに、めちゃ後味悪いですね。オーナーが良い方にもかかわらず、店員が悪いとねぇ。まぁ、オーナーの店員に対する教育がよくないってことなんですけどね、結局。
私もそういう経験、ありますねぇ。お客に対して「お前この忙しいのに何食いに来たんだよ!」みたいに横柄な態度で接客してくる店員さん。めったにそういう酷いのにはあわないんですけど、たま~にね。
少しお高いレストランだと、うるさいからあっち行っててくらい、いろいろと説明してくれたり、お勧めしてくれたりするんですよね。教育が行き届いているというか(笑)。
では、アメリカに10年お住まいのYAさん、これからはアメリカでどうなっていくんでしょう?
YA:
そうですね、いずれ市民権取得しようかなと考たりはしますが、市民権を取得できる権利まで4年あるのでまだ不明です。
Masa:
え?そうなんですか?永住権取ってから5年で市民権取得権利が与えられるって思ってました。
YA:
ただグリーンカード更新費用によってはすぐに市民権とるかもしれませんが、、、毎年上がっているって噂ですよね?
Masa:
そうらしいですね。私も10年ごとに更新してますが、あれ?前もこんなに払ったっけ?くらいに更新費用が上がってたような…。YAさんのところもそうですが、うちも家族4人なんで更新費用もバカになりませんよね。
YA:
健康であれば老後アメリカにいてもあまり心配ないと思いますが医療費が不安なので日本で骨を埋める方がよいのかもと考えたりもします。
その時の大統領が誰になっているかによるかもしれませんが(笑)。
Masa:
ほんと、そう思いますね。アメリカの医療費って異常に高いですもんね。ま、払うのが嫌なら健康体でいろってことなんですけどね。
私も老後は日本かなぁ…、なんて思うことあります。
では、最後に、日本の方々に送る言葉をお願いします。
YA:
あれこれ考えてアメリカに来ることをためらっているのだったら、とりあえずアメリカにきて、とにかく行動して、コネクションを作って、そこから情報を得て、またコネクション作って、ということができる国なので、行動力が自分の人生を変えるかな、と思います。
日本にいてもそうですけど、でも海外にいるからこそ、できることややりたいことも変わってくると思うので。世界各地から移民してきた人がたくさん住んでいる国なので、日本よりも選択肢が多いかなと思います。
本当に自分次第で人生変われると思うので、モチベーションと行動力があれば夢は叶うと思います。頑張ってください!
Masa:
元気が出るお言葉、ありがとうございます!そうですね、とにかく「まずはこっちに来い!アメリカを体験してみろ!」ってことですね。
今日はありがとうございました。また連絡しますね。
YA:
こちらこそ、ありがとうございました。またお願いします。
こんにちは。Masaです。
この体験記をシリーズ化しようと企んでいるのですが、こうやっていろいろな人といろいろな話をしていると、アメリカに住んでいらっしゃる日本人の方々、いろいろと経験されていますね〜。今後が期待できそうです。
さて今日は、アイダホ在住のMichiさんのお話です。では、お話を伺いましょうか。
Masa:
Michiさん、こんにちは。今日は、Michiさんのアメリカへの思い、たっぷり聞かせてください。
Michi:
はい、では早速…
私が初めてアメリカに渡ったのは大学の時でアメリカの大学への留学をきっかけに最終的にはこうやってアメリカに住むようになりました。
Masa:
Michiさんは、アメリカ留学がきっかけなんですか。そういう方、確かに多いですね。移民に対しての締め付けが若干きつくなっている最近は少し数が減ってきてると思うのですが、アメリカ就職を目的に留学している方ってまだまだ多いと思いますね。
思うに、アメリカに移住している方のパターンって、
アメリカ留学
アメリカ赴任
ふらっと
の3つじゃないかと思ってます。3つ目の「ふらっと」と言うのは最近じゃほとんどないんでしょうけど。ビザとかの話もありますしね。「アメリカ人と結婚」もこの「ふらっと」に入りますかね。
おっと、余談でした。続けてください。
Michi:
はい。アメリカの大学を卒業して「卒業したら必ず帰国する事」という父との約束を守るために帰国し、地元の東京で就職するのですが、アメリカでの生活が忘れられず「いつか絶対アメリカに戻りたい!」と思いながら仕事をしていました。
アメリカは就労VISAがないと働けないので、とりあえずは仕事をしながらお金を貯めて自分のお金で大学院へ留学をしようと計画し、正社員としての仕事の他に、週2日英会話スクールの講師。社会人クラスは夜が多いので夜のクラス担当しました。それから、日曜日だけ近所のケーキ屋さんで仕事をして。
3つ掛け持ちでして早くアメリカに戻ろうと(笑)!
Masa:
そりゃすごい!仕事を3つも掛け持ちとは…。なかなかの経験をされてますね。それくらいアメリカ行きの意志が強いから、どれだけ苦しくても頑張ってこれて、目標を実現されたんですね。
Michi:
はい、そうですね。目標があったから出来たことです。ずっと出来るとは思っていなかったから。
そんなことをしているうちに間もなく東京で仕事をしていたアメリカ人の前の夫と結婚することになり、彼の仕事の転勤でサンディエゴに結婚後渡りました。ですので、この時点でグリーンカードを取得しました。
Masa:
ほ〜、それは…、なかなか…、興味深いと言うか…。
じゃぁ、Michiさんの場合は、アメリカ留学を機に、アメリカの素晴らしさを知り、アメリカ移住を決め、アメリカ人との結婚を機に、アメリカに移住されたということになりますね。
F-1ビザ ⇒ 帰国 ⇒ K-1ビザ ⇒ 結婚 ⇒ グリーンカード
ってことですね。
んで、サンディエゴで新婚生活を始めたと。
Michi:
はい、サンディエゴに3年ほど居たのですが、その際にはホテルのフロントの仕事と、その後日系企業の事務職に転職をし、3年後東京に戻って夫と教育サービスの事業を立ち上げ英会話スクールを2校運営していました。起業はその時が初めてで28歳で大したスキルもないままスタートしましたが、日本での英会話スクールで経験した「教える仕事」がとても気に入り、自分が好きな事で自分のビジネスになるなら週7日働いても苦にはならないな・・・とその時に感じました。
Masa:
おお、またまた、すごい経験をお持ちで…。Michiさん、起業されたんですか、それも日本で。
英会話スクールって日本ではかなりの需要がありますもんね。私の知り合いもやはり日本で英会話スクールやってるんですが、そこは、旦那さんが日本人で奥さんがカナダ人とか(笑)。
Michi:
で、まだその当時はインターネットも電話回線からやっとADSLに変わったくらいの時期で今のようにSNSも無かったですし、素人でも簡単に作成できるホームページのソフトやサービスも無かったですし、レッスンやスクール運営の仕事の合間に書店で買った「初めてのホームページ作成」みたいな本を買って一からHTMLのコードを独学で学んで、超ダサいホームページも作って全てが手作り感満載でした(笑)!
Masa:
お〜、なんか父ちゃん母ちゃん企業みたいですね(笑)。
Michi:
東京にはその後10年ほど居たのですが、その10年の間に離婚しました。
夫は日本語が話せず、日本で仕事を見つけるのが大変であろうと思ったので、夫にスクールは任せ、私が他で仕事を探し、OL生活に戻ったんです。
またそこで「アメリカに戻りたい病」が再発し(笑)、今度はリタイヤしたら絶対住みたい…と思っていたハワイへの移住を考え始めました。
Masa:
Michiさん、いろいろと経験されてますね。いろいろあっても、やっぱり「アメリカ」なんですね。なんかわかるなぁ、その気持ち。
Michi:
ただ、その時には日本に帰国し10年も日本に住んでいたのでグリーンカードは没収(泣)。旅行でハワイに行った際に入国審査の時に私のパスポートのスタンプを見て、
「君はもうアメリカに長く住んでいないね?このグリーンカードは破棄するよ。またアメリカに戻る際には大使館で再申請しなさい」
と言われ空港で没収!あらら・・・アメリカ移住の夢が遠のいてしまった・・・と一瞬思ったのですが、またここでそれがモチベーションとなり、OLしながら夜間で週2日大学院の授業を受け、フリーランスで週10時間契約の仕事をして、1年で300万円貯めて、専門学校ビザ(M-1)を取得し、ハワイの観光専門学校の7か月のプログラムに入学してハワイ移住を果たしました。
Masa:
なんかものすごい人生を送っていらっしゃいますね。とにかく経験されていることがすごい。自分の目標を達成するために、とにかくできることをどんどんされている、ってことですね。モチベーションを持ちながらガンガン進むからこそ、目標を達成することができるんですね。これくらい行動すれば目標が達成できないわけがない…。
で、ハワイに移住されてどうなったんですか?
Michi:
アメリカの本土には留学時代の同級生などがチラホラ色々な場所に居たのですが、ハワイは「人脈無し」。おまけにリタイア後はマウイ島に住みたかったので。オアフ島については殆ど皆無。正直全然オアフ島には興味がなかったのですが、学校も仕事もオアフ島以外は本当に限りがあるので、とりあえずはオアフ島にいました。
Masa:
お…、ちょっと妥協ですね(笑)。
Michi:
専門学校の担当者に、
「学校を卒業しても就労VISAは下りないし仕事は無いと思うのでそのつもりで来なさい」
と言われたので、
「大丈夫です。専門分野の勉強と市場調査のために1年弱ハワイに行きたいので・・・」
と伝えました。本当に就労VISAは取得が厳しいので、その前に友達を作ろう・・・とネットで色々な人たちと交流する間に今の夫に出会い、専門学校を卒業するくらいの時期に再婚、で、グリーンカード再取得しました。
Masa:
う〜ん、「思考は現実化する」ってこのことなんじゃないですかね。思っているだけじゃ実現しない、でも、思っていることを実現するために行動する、それが実現に結びつく。
なんか、すごい人生ですね、Michiさん。これ、アメリカに移住したいと考えている日本の方々に、素晴らしいお手本になるんじゃないでしょうか。Michiさんのやることなすことが、すべて「アメリカ行き」につながっていますね。
Michi:
そうでしょうか…。いずれの時も結婚に伴うグリーンカード取得なので、あまり他の方の参考にはならないかと思いますが、1つアメリカに関して言えるのは、日本よりもっと学歴社会で生活も仕事もシビアなので、アメリカ移住を検討されている方は言語はもちろんのこと、アメリカでも通用するスキルは絶対に持っているべきだと思います。
ハワイは日本人に人気のエリアで、移住を希望されている方が多くいらっしゃると思いますが、観光以外にこれといった産業がないハワイは、就職をしたところで大した給料はもらえません。それもあって日本人在住者でも事業をされている方、会社経営者が多くいらっしゃいます。
Masa:
確かに、ハワイに移住したいって方、たくさんいらっしゃいますからね。あそこは、気候もいいし、日本人も多くて、日本に住んでいるのと変わらないような感覚で生活することができますからね。でも、それほど世の中甘くはないってことかな。
アメリカ本土に入ると事情が変わってっきますね。私もよくわかります。
Michi:
アメリカ本土においては、大都市以外では日本人コミュニティや日英のバイリンガルの仕事を探すのも一苦労です。英語に自信が無い場合には、アメリカに渡る前にビジネスレベルの英語を習得することをお勧めします。目には見えない差別も存在しますし、スキルや学歴が無い人間には結構厳しい国だと、住みながら思います。
Masa:
それは私も感じます。私のように技術屋でやってきた人間は、ある程度の技術レベルを持っていれば、アメリカ企業に入ることはそれほど難しいことではないのですが…、もちろん日常業務をこなす程度の英語力は必要になりますけどね。でも、営業とか、企画、マーケティングをやっている人たちは、結構苦労しているようですね。
日本企業から派遣されて赴任している営業やマーケティングの人たちが、日本企業を退社して、アメリカ企業に移ったと言う話はほとんど聞かないですから。もちろん、ゼロではないです。私の知り合いでもアメリカ企業で営業とかマーケティングやってる人たちはいますから。
でも、営業でもマーケティングでも技術でも、一旦アメリカ企業に入ってしまうと、次からは会社を移りやすくなったりはしますね。
ま、言えることはそれなりの英語力は持っている必要があるってことですかね。
ところで、Michiさん、今は自分で起業された会社で働いていらっしゃるんですよね?
Michi:
ええ、今度はアメリカで起業しました(笑)。
アメリカでの起業、法人設立の手続きは簡単にできるんです。今は便利な法人設立専門のネットサービスもあるんですよ。$200程度払えばどの州に住んでいても簡単に法人手続きを代行してくれる会社なんですけどね。また、経理などはQuickBooksなどで簡単に処理出来る時代になったので便利になりましたね!
Masa:
そうですね、実は私も起業経験がありまして。ほんと、簡単に起業できますね。もちろん会社を大きくできるかどうかは起業とはまた別ですけどね。
もちろんうちもQuickBooksを使っています。ネットに繋がっているので、今会社の総資産がいくらなのかも、それこそその辺の飲み屋にいてもみられますから(笑)、ほんと便利になりました。
Michi:
私は若い頃に日本で起業した経験が、日本でもアメリカでも色々な面でとても役立っています。現在はハワイ州とアイダホ州で不動産のライセンスを取得し、アメリカの不動産売買のお手伝いをしていますが、不動産エージェントは100%コミッション制なので売買の取引が無ければ収入はゼロ。収入は無くても毎年の全米不動産協会や所属する地域の不動産協会の会費、二年に一度のライセンス更新までに20時間の講習など本当にお金がかかる職業です(笑)。
なので、不動産以外にも日本人向けの教育サービス会社、これはオンラインで受講できる英語講座や子供の起業家マインドを育てるキッズビジネス講座やハワイとアイダホでホームステイを提供しているんですが、そんな会社を立ち上げて、常に2−3つ収入源を持てるように心がけています。
Masa:
Michiさん、恐れ入りました。
今の世の中、何が起こるかわからないので、確かにマルチの収入の流れを作っておく必要がありますね。すばらしい。
Michi:
ビジネスを立ち上げてもその9割以上は世から消える・・・と言われていますが、要は「無理をしない」、特に資金面でですが、そして苦しくなったら短期的に外に仕事に出る・・・などすれば個人事業も楽しみながら出来ると思います。
Masa:
いやぁ〜、Michiさん、アメリカ移住体験談というよりも、なんか起業セミナーのようになってしまいましたね。
でも、私のようにアメリカに来てもサラリーマンでいるような人もいれば、Michiさんのように起業家精神バリバリで、どんどんいろいろな会社を起業して頑張っていらっしゃる人もいるってことですね。
勉強になりました。
また、オフラインでもいろいろと教えてくださいね。今日は、ありがとうございました。
Michi:
こちらこそ、お話の機会をありがとうございました。